リハビリテーションでは、対象者の生活に関するリスクの評価を行い、その対応方法を考えていきます。リスク判断が専門家、対象者ともに適切であれば良いのですがリスク判断にズレが生じたりすると事故や損害に結びつくことが考えられます。今回、生活リスクの軽減にむけてのリスクコミュニケーションについて、文献を参考にしながらまとめていきたいと思います。
目次
日常生活行動を行う上ではリスクはゼロではなく、必ず何らかのリスクが生じます。セラピストがこれらのリスクを全て管理するのも困難です。そのため、対象者自身が日常生じうるリスクについて理解し、その対応方法を知っておくことも必要となります。障害をもつ対象者やその家族には、専門的な知識は乏しい場合が多く、適切なリスク判断をするには無理があると言えます。
そこで、対象者・家族、セラピストの共通問題として生活リスクを理解し、対処方法を考えていくための過程がリスクコミュニケーションとなります。
臨床場面では、医療職の立場から、転倒防止などを目的にその対策を講じることがあります。しかし、転倒のリスクをゼロにしようとすれば、対象者の行動を制限してしまうことにもつながり、対象者の意欲までも失ってしまう場合もあります。
リスクにおける意思決定において主体となるのは対象者本人です。そのため、専門職がリスクがあると判断しても、本人や家族とリスクの情報を共有し、一緒にその対処方法を考えなければリスクに対処することはできません。
そのためにもまず、本人がりすくについてどのように感じているのかを知る必要があります。
一般的に、事実を相手に伝えることはさほど難しくありません(例:電車が遅れているなど)。しかしリスクを伝えることに関しては、リスクは確実な現象やデータでなく、伝え方によっては物事の解釈に偏りが生じる可能性があります。そのため、リスクを伝えるためには技術が必要になります。それは例えば、リスク評価を数値化することによって、その理由を伝えたり、その理由について話し合えたりします。
ある動き(ズボンを履く)があって、そこにはポジティブな面とネガティブな面(リスク)もあります。ポジティブな面はズボンを履けるようになることですが、ネガティブな面はズボンを履く際にバランスを崩して転倒の恐れがあることです。このようなネガティブな側面もリスクとして公正に伝え、それに対してどうすればそうならないかを一緒に考えることが必要になります。
リスクの正しい判断ができ、その対応方法についても納得した形で決めておくことができれば、生活リスクはかなり減らすことができます。
しかし、対象となるリスクの大きさや内容により、個人が理解できるものとそうでないものがあります。そのため、同じようなリスクの状況でも対応行動はそれぞれ異なります。
医療スタッフが当たり前だと思っていることが、福祉現場や家族には馴染みがなく、リスクの判断が難しくなることもあります。
一般的に、判断が難しい場面では判断を専門家に任せようとしますが、歩行などのように普段馴染みのある活動については、リスクを安易に判断してしまう傾向にあります。このことが、対象者・家族、専門家間のリスク認知の差を生んでしまう要因ともなります。歩行できるが注意障害の影響を考えなければならない場合、歩行が馴染みのある動作のため、家族にリスクを安易に判断しないようにする必要があります。
ある活動について、事故や問題が生じた場合に被害の大きさをイメージできる動作(自動車運転、調理、入浴など)では、できる能力があったとしても家族が制限をかける場合があり、動作が可能だからといってリスクが低いとは限りません。
病院でリスクを防ぐために日常気をつけている事は、スタッフ間では当然となっており、あえてリスクとして認識されない場合も考えられます。ベッド柵を中央に配置する、細かな声かけなど、どのようにリスクを管理しているかという事を念頭に置き、他車に伝える必要があります。
コミュニケーション場面において、できるけど危ないと伝えたつもりでも、危ないけどできると伝わる事もあり、そのようなコミュニケーションをとっていると、最終的にできる/できないという能力面のコミュニケーションになってしまう可能性があります。あくまでもどのように危ないのか、それを本人・家族・専門家はどのように考えているのか、対応方法はどうか、最終的な対応方法に行き着くまでの経緯はどうかなどの視点によるコミュニケーションが必要になります。
臨床場面でのコミュニケーションにおいて、リスクに関する情報を伝えているにもかかわらず、その情報に正しく反応しないことがしばしば見受けられます。
その原因として、医療者側が、対象者・家族がリスク認知(判断)の仕方を知らず、理解される形でわかりやすく伝えられていないことが考えられます。
もうひとつには、リスク回避のために努力を要する、気を遣う、リスク評価を不当に軽く見積もってしまい、何らかの理由をつけて大丈夫だろうと思ってしまうような事が挙げられます。
リスク情報の伝達には、フレーミング効果というものを考える必要があります。これは、理論的には同じであっても、表現や状況の違いにより心理的な解釈が違ってくる効果のことをいい、例えばポジティブな表現が入っている方を選択しやすいことなどで、表現の仕方によって、相手の捉え方に違いが生じてきます。
専門職間(例えばOT、PT)でリスク評価の意見が異なる場合、対象者や家族はリスク判断を行いにくくなるため注意が必要です。
スタッフ・対象者・家族でのリスク認知の差異は、リスクへの対応行動の違いとなって表れます。リスク認知に影響を与える要因には、性差、年齡、楽観性、自己効力感などがあります。自己効力感が高すぎる場合にはリスク行動をとりやすいことが考えられるため、リスクに対する説明を納得する形で行う必要があります。
リスクには見えるリスクと見えないリスクがあり、目に見えるリスクは動作(歩行など)で、見えないリスクは感覚、注意、記憶、学習能力、自己認識力、イメージ力などがあります。対象者の家族にとっては、見えないリスクがわかりにくいという特徴があります。また、本人が見えないリスクに関する状態を理解している場合には、リスク回避を行いやすくなります。
生活リスクを減らすためには、対象者や家族のリスク認知判断の評価が必要であり、対象者が何に不安を感じ、困っているのか、逆にどのくらいできそうと思っているのかなどを把握する必要があります。
話し合う場面では、OTがコーディネーター役となり、各専門職、対象者、家族のそれぞれが考える能力やリスク認知を事前に評価しておきます。その上で、リスクから話をしていき、対象者のリスクを軽減できる生活上の工夫を提案して協議していくことが重要です。生活の仕方は動作方法や福祉用具の活用など多岐にわたります。また、その際対象者・家族が理解できる生活者としての言葉による伝達が必要となります。
例えば、病識がやや乏しく実際に一人でトイレに行って転倒シアことがある対象者の申し送りで「尿意、便意があり、ポータブルトイレを使用できます。移乗は手すりを持てば見守りで可能ですが、時に立ち上がりに介助を要する場合があります。」
というような文面があったとします。
この申し送りの特徴としては、できる/できないという能力での話になっており、一人でトイレにいくことがどれほど危険かという視点がない、ことが挙げられます。また転倒への対策がとられていた場合、転倒を防ぐために普段どのような対策を行ってきたか、またその経過も伝達する必要があります。
対象者自身の主観的なリスクへの認識がどれほどなのかという視点(例えば、移動能力や転倒リスクに対する認識など)も含まれる必要があります。
環境が変われば新しいリスクが生じることがあるため、今までの経緯を含めてリスクを伝達することが大切になります。
「リスク認知とリスクコミュニケーション」作業療法ジャーナル 40 2006
「作業療法場面におけるリスクコミュニケーション」作業療法ジャーナル 40 2006
「臨床に生かすリスクコミュニケーション」作業療法ジャーナル 44(1)〜(6) 2010
「リスクコミュニケーションの入門と実践」地域リハ 5(7)〜(12) 2010
「臨床に生かすリスクコミュニケーションー脳科学と生活者の視点を融合させる試みー」 大阪府作業療法士会 事業部身体部門研修会資料