最新の運動学習理論では、運動学習が単に練習の間に見られる一時的な行動変化で変化ではなく、学習した事の保持や、転移(汎化)に対しても評価を行うようになっています。今回、リハビリテーションと運動学習において、保持や転移(汎化)に向けた戦略について、文献を参考にまとめていきたいと思います。
目次
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リハビリテーション臨床のための脳科学 〜運動麻痺治療のポイント
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最新の運動学習の研究においては、獲得相(直後効果)の後の学習効果の評価に加え、保持相(短期、長期効果)の後の学習評価、転移検査(新しい課題への汎化能力)も行います。
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運動学習は3つの段階があります。
初期には、学習者は運動技術を得るために、課題の特性を認知し、その認知に基づいて戦略を試していく段階です。この時の神経機構として、
運動によって生じる感覚情報を各感覚領域で分析し、それらの情報を統合する前頭葉・側頭葉・頭頂葉における連合野が主に関与する。さらに、運動の言語化のために言語中枢の活動が関与する。
リハビリテーション臨床のための脳科学 P97
とあります。また運動学習中の脳活動の変化について、
運動学習の初期には、頭頂連合野・運動前野の活動が関与することを示している。
リハビリテーション臨床のための脳科学 P97
とあります。
学習中期では、試された運動戦略の比較照合がなされる段階で、運動プログラムを作る運動前野などの感覚、運動に関連する領域が関与します。
学習後期は自動段階で、特別な調整がなくても運動が遂行されます。
この時には、連合野の働きが小さくなり、強化学習では大脳基底核などで無意識に運動調整がなされるようになります。
また教師あり学習では、小脳が関与すると言われています。
運動学習のモデルには、強化学習、教師あり・なし学習があります。
強化学習は人と環境の相互関係のなかから報酬を得て、それを最大限に強化するように自分の選択可能な行動価値を学習していくものです。
強化学習には、意欲や情動の喚起が大きく影響しているが、そのメカニズムに関与しているのが、中脳ドーパミン系とその修飾作用を受ける大脳基底核と前頭葉である。
正の強化は、黒質や腹側被蓋野でドーパミン神経細胞が興奮し、側坐核とシナプス結合して快情動や意欲が生まれることで行われる。
ドーパミン神経細胞は、行動を起こす時に得られる期待される報酬の量と、行動をとった結果実際に得られた報酬の量の誤差によって興奮し、興奮の度合いに応じてシナプス伝達効率を向上させる。
報酬が完全に予測可能で誤差が生じない場合は正の強化は行われず、また、過大に予測を見積もり、実際の結果との誤差が負であった場合は、負の強化や学習無力感をきたしてしまう場合がある。
リハビリテーション臨床のための脳科学 P98
教師あり学習は、自ら意図した運動の予測に対して、実現した運動結果との誤差を修正するなかで学習するものをいいます。
運動予測にはイメージや運動指令のコピー情報があります。運動結果は実際の運動から得られた求心性のフィードバック情報で、これらが比較照合されながら、誤差を修正していき学習されていきます。
誤差の検出には小脳が深く関わり、それを大脳に伝達する教師の役割を担っています。
小脳のプルキンエ細胞は、大脳からの意図を伝達する苔状繊維および平行繊維と、登上繊維からの誤差信号の両者を統合し、それらを調節する働きを持っている。
このことから、小脳の機能は、フィードバック誤差学習と呼ばれる運動制御における比較照合モデルとして認識されている。
リハビリテーション臨床のための脳科学 P98
学習初期では身体外部や身体内部の感覚フィードバックに基づくため拙劣な運動になりますが、この時運動開始前に運動予測を立て、予測とフィードバックシステムにより出力の誤差信号を元に最適な運動指令(内部モデル)を学習していきます。
内部モデルが洗練されることで、感覚フィードバックに頼らずとも正確な運動が行えるようになります。
運動学習による比較照合システムでは、
運動指令のコピー情報と、実際の運動感覚の結果が、二次的運動感覚領野(運動前野・捕足運動野・小脳)で比較照合され、それが身体・運動スキーマとして下頭頂葉に格納される
リハビリテーション臨床のための脳科学 P98
とあります。
教師なし学習とは、
あらかじめ出力すべき明確な基準がないものであり、課題を繰り返すことで記憶がつくられ、その記憶と実際の結果を統合していく相関学習過程のことである。
何に注意を向けるべきか、どのように注意を配分するべきか、どの記憶を使いどのようにシュミレーションするべきかといった作業記憶の過程を含み、対象者が能動的に課題を取り込むことで成立する学習である。
リハビリテーション臨床のための脳科学 P100、101
とあり、主に海馬、前頭前野、運動前野、補足運動野、頭頂葉が活動します。
学習には、脳の認知過程(知覚・注意・記憶・判断・言語)の発達に基づいており、訓練課題もその過程を考慮していく必要があります。
患者が能動的に運動予測(イメージ)と感覚フィードバックを比較照合させることが必要になります。また課題の難易度設定は報酬に関わることから、簡単すぎず、難しすぎずの範囲で設定する必要があります。
体性感覚を介しての認知課題では、体性感覚の刺激入力だけでなく、感覚を識別させることが必要になります。そこには知覚探索を通じて注意・記憶・運動イメージといった認知過程が活性化されることになります。
識別課題では、運動時にどのような体性感覚が得られるかの予測(知覚仮説)を立てさせ、実際に得られる感覚フィードバックとの比較照合を行なっていきます。
その際の誤差を修正していくことで運動学習が促されると考えられています。また知覚仮説は運動イメージや運動プログラムの形成と関連があると言われています。
識別課題では、課題の解答における正誤反応だけではなく、どのような知覚仮説に基づいて解答を導き出しているかが重要となる。
そして、その知覚仮説は、患者がどの情報を知覚し、注意を向け、記憶しているかといった患者の認知過程に影響される。
リハビリテーション臨床のための脳科学 P102
体性感覚識別では、主に前頭前野・運動前野・頭頂連合野・小脳などが活動します。
脳卒中片麻痺者では、運動学習での脳の認知過程(知覚・注意・記憶・言語・イメージなど)が活性化できず、意味のある情報として認識しにくいため、異常な運動パターンが出現します。
この認知過程を観察するために必要な視点として、
どのように認識(認知しているか)
どのように注意・記憶を使っているか
どのようにイメージ・学習しているか
どのように言語を使っているかリハビリテーション臨床のための脳科学 P103
が挙げられます。
認識(認知)では、求心性の感覚フィードバックを情報化していく過程をいいます。
随意運動は、これらの感覚フィードバックに基づいて、脳内で運動のイメージを想起し、最終的に発現するため、求心性の感覚フィードバックの情報化が困難であると、運動イメージも困難であると考えられる。
リハビリテーション臨床のための脳科学 P103
このことから、認知では感覚情報をどのように認識しているかを評価する必要があります。
臨床では関節運動の部位(どの関節)、運動の存在の認識(静か動か)では3a野の機能を、接触情報の存在の認識(接触しているか否か)では3b野の機能を評価しています。
運動方向・距離の認識、身体の全体的な位置関係では1野や2野を評価しています。
対側四肢と比較しての身体の位置関係の認識では5野の機能を、視覚認識した位置に対して四肢がどのような位置にあるか(体性感覚・視覚の統合)では身体図式に関わる7野を評価しています。
前頭葉の注意と、頭頂連合野に関連する注意があります。
前頭葉の注意では、感覚情報が意識化される顕在的なもので、頭頂葉の注意では感覚情報が意識化されなくても潜在的に気づいているものです。
注意と運動出力の関連では、
体性感覚の刺激のみでは、運動出力を担う4野へは送られず、注意によって環境に応じた身体の状況を適切に知覚した情報が4野へ送られるため、後方の脳領域から上行してくる多くの感覚情報の中から、「何に注意を向けてどこをどれだけ動かせばよいのか」という選択をする必要がある。
認知課題にとって必要となるのは、このような前頭連合野の機能を中心とした顕在的な注意であると解釈できる。
リハビリテーション臨床のための脳科学 P105
臨床では、身体各部や運動開始あるいは終了時に選択的、持続的に注意を向けることができるか、体性感覚(身体内部)や身体と接触する道具(身体外部)に注意を向けると感覚への認識に変化があるのか、注意の向け方を変えると異常な運動パターンをコントロールすることができるのかを評価していきます。
認知課題に解答するには、必要で意味のある感覚情報にどれだけ注意を向けられるか、ワーキングメモリを働かせて記憶できるかという機能(主に前頭前野背外側)を評価していきます。
複数の感覚情報を認識できるかを観察し、患者との対話から確認することで、注意配分の低下やワーキングメモリの働きを推測することが可能です。
この結果から課題の難易度設定を行い、情報数を増減させることが可能となります。
またどの感覚情報であれば適切に注意が向けられるか、記憶できるか、身体図式や運動イメージをどのように構築できるかをセラピストは予測する必要があります。
運動イメージについて、
運動イメージは外部からの感覚入力が存在しない状態でも記憶や予測される運動感覚に基づいて運動を想起している状態であり、運動麻痺を呈した脳卒中片麻痺患者の異常な運動パターンが表出される以前の脳の情報処理過程を観察するうえで重要である。
つまり、異常な運動パターンが表出されるということは、期待される運動感覚に基づいて運動イメージが想起できない、また行為が予測制御できないという病態を呈していると考えられる。
リハビリテーション臨床のための脳科学 P107
とあります。
運動イメージは運動発現前の脳内予測(遠心性コピー)を意識化させるのに有効であり、患者が視覚イメージ(他者が運動しているところをイメージする)と運動イメージ(自らが運動をおこなっているところをイメージする)を区別することが可能か、運動イメージが麻痺・非麻痺側で比較できるか、運動イメージを想起することで異常な運動パターンを制御できるかを評価します。
具体的には、麻痺側の運動パターンを非麻痺側で再生させることで、麻痺側の運動イメージに対する患者の自覚を評価できます。
運動イメージの正確性では、実際の運動と心的な運動の時間的な一致を観察します。運動イメージが正確だと判断すれば、筋収縮を伴う課題へ、不正確だと判断すれば体性感覚情報の認識に関する情報処理過程(頭頂連合野)の問題なのか、運動実行のための筋感覚を想起する情報処理過程(前頭連合野)に問題があるのかを考えていきます。
名詞はものが何であるかを認識し、運動発現に必要で、側頭葉の働きによります。
対象物や身体部位の認識が困難だと、運動性言語野で内言語でのネーミングができず、身体をどのように動かすかの認識が困難になります。
そのため、「肩」「膝」などの部位の名前が認識できるかを評価する必要があります。
動詞は動きの認識に必要で、運動イメージを伴います。運動と前後左右の空間認識に関わり、頭頂連合野の働きが必要になります。
「伸ばしている」(自己の運動イメージのシュミレーション:)と「伸びていく」(視覚的な他者の運動の認識)では意味あいが異なり、どのような動詞を用いて言語化しているか、どのような動詞で運動シュミレーションを介助できるかを評価していきます。
形容詞は触覚的・力量的・距離、時間的な認識に必要となります。形容詞は運動におけるこれらの制御に必要があると言えます。
このことから、患者の運動制御に対する形容詞の認識を把握し、形容詞を変化させることで運動制御に変化があるかを観察することが重要になります。
修飾語や比喩は、「そっと」「棒のように」などがあり、運動の速度や自己の体の使い方、用い方の認識に必要です。
これらは頭頂葉下部(角回)が関わり、体性感覚と視覚情報が統合、生成された身体図式と聴覚・記憶をさらに統合させる部位です。
比喩により筋の力量のコントロールなどの変化を観察し、運動制御への気づきが得られるかどうかを評価していきます。
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無作為練習:
ある練習期間内で練習順序を変化させたいくつかの課題の反復練習
ブロック練習:
ある練習期間内で同じ課題の反復練習
無作為練習とブロック練習では、無作為練習が良好な結果をもたらすことが示されています。
ブロック練習は、リハビリテーション中に同じ課題を続けて行うことをいいます。
歩くことを考えると、例えば10分間歩く練習のみを行うようなことになります。
10分間歩いたあとに、階段や坂道、物を持ちながらの歩行などそれぞれをまたある時間続けて行うような場合をさします。
ブロック練習は、行動変化が急に現れやすいという特徴があります。
ランダム練習は、リハビリテーションの中で課題を混ぜながら行うことをいいます。
歩くことを考えると、例えば同じ10分間歩くのでも歩幅を変えながら、歩くスピードを変えながら、横歩きなどを混ぜながら行います。
歩行→坂道→階段→歩行などと様々な要素を取り入れながら、ランダムに練習を行っていきます。
ランダム練習は、行動変化はゆっくりと現れますが、それを保持させやすいという特徴があります。
一定練習では、課題を行うごとにリズム、タイミング、速度などの変数を変えないで練習する方法をさします。
歩くことを考えると、常に同じ速度で歩くことなどがあてはまります。
一定練習では行動変化が急に現れやすいという特徴があります。
多様練習では、課題を行うごとにリズム、タイミング、速度などの変数を変えて練習する方法をさします。
歩くことを考えると、歩行速度を「今回は通常の1割増しで速く歩きましょう」「今回は通常の1割減で遅く歩きましょう」などと変えていきます。
多様練習では、行動変化はゆっくりと現れますが、それを保持させやすいという特徴があります。
今までのことから、学習や練習方法には違いがあることがわかりました。
では、これらをどのように組み泡合わせていくのかを考えていく必要があります。
例えば、対象者の不安が強い時期や、まずは動作が行えるようになってほしい時期(特に急性期から回復期初期)では、ブロック学習や一定練習を行うことにより動作獲得を優先させることが考えられます。
ある程度動作が獲得されてきているのであれば、ランダム練習や多様練習を組み込むことで、課題習得の保持を助けるようにしていくことが理想かと考えられます。
日常生活は行動範囲が広ければ広いほど多様な動作が必要であり、常に同じ環境や課題レベルで繰り返し練習を行うよりは、難易度を変えていく中で練習を行っていくほうが対象者にとってメリットは大きいと考えられます。
同じ文脈で同じ練習をするよりも、変化に富む文脈で変化させた同じ課題で練習する方が良好な結果をもたらすことが示されています。
課題の一部分が相互依存関係にあったり、速い運動の場合には、一部分の練習よりも全体(課題の全て)を行う方がよいとされています。
新規課題の学習においては、内的注意集中よりも外的注意集中が必要とされます。
例えば、ゴルフのスイングでは、自分の腕の運動への注意集中(内的)よりも、運動効果(課題に関連したもの)への外的注意集中(クラブヘッド)が必要になります。
また新規課題では、2人一組で観察や実施を交代できるようにすると有益だとされています。
自己管理練習は、いつどのようにしてフィードバックを得るか、補助具を使うのかなどを対象者自らが決めて行う練習方です。
自己管理練習方は、指導者が制御する練習よりも良好だと示されています。
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リハビリテーションの対象者は、何かしらの影響で動作遂行がうまくいかないという状態にあります。
そのような状態から行動変化を起こして、それを定着させることが運動学習になります。
動作練習を通じて一時的に動作ができるようになっても、それが保持されて次回できなければ運動学習がうまくいったとは言えません。
何かしらのキャリーオーバーが見えてこそ運動学習の成果が現れたと解釈できるわけです。
行動の変化を起こし、それを定着させるために大切なのがフィードバックになります。
フィードバックは「与えすぎてもダメ」とはよく聞きますが、そのあたりについてもこの記事では考えていこうと思っています。
運動学習を進める上で大切なことは、患者様が自ら環境に対して探索しながら運動を制御することです。
例えば立位保持課題であれば、グラグラするのをいかに制御するのかを、学んでいくことが必要になります。
このとき、一番良いのは患者様が主体的に取り組み、自ら「できた」「できる」と感じることで運動学習は図られやすくなります。
そのため、フィードバックの量は必要最小限で、セラピストが期待する動きや修正したい動きに関することは言い過ぎない方が良いとも考えることができます。
これは課題の難易度にも関わりますが、基本的には「少し努力したらできる課題」を設定し、内的強化因子として「できた」「できる」という感情を沸き起こらせていくようにするのが一番望ましいと考えられます。
特に急性期の場合、患者様は自信を失い、自己効力感が低い可能性がありますので、「できた」「できる」と思えるような課題遂行の成功に対するフィードバックを多く入れることは重要だと思われます。
課題遂行中に、フィードバックを入れるのは最小限にする理由については上記で述べた通りです。
しかしながら、どうしても修正していきたい動作や動きがある場合もあるかもしれません。
その場合のフィードバックのいれ方について考えていきたいと思います。
例えば、「左に寄ってください」「もっと真っ直ぐ」「姿勢を良くして」「もうすこし体重を乗せていって」などというフィードバックが患者様に与えられるとします。
このような言語指示では患者様は「?」となってしまうのではないでしょうか。
セラピストは学生さんのケースレポートを読んで、「もっと具体的に!!」と指導したことはありませんか。
まさしく、これと同じことが患者様とセラピストの間でも起きていることがあるのです。
同じフィードバックを入れるのであれば「あと2cm右に寄って」「右肩を壁につけて」「私(セラピスト)が握ったのと同じくらいの力を入れて」などと具体的に動きの方向やタイミングがわかるようにフィードバックを入れることが大切になります。
身体・言語的誘導はその直後の行為の強化にはなりますが、長期学習の阻害因子であるとされています。
50%の量のフィードバックの方が、100%の量のフィードバックに比べて良好とされています。
また、フィードバック増加よりも、徐々に減少させる方が良好な結果が得られたとされています。
最終的には、それぞれの実施直後よりも、複数実施後のフィードバックが良好な結果となったとされています。
より少ないフィードバックがよいとされています。
リハビリテーションにおいては、運動だけでなくて情動についても患者様の状態を把握しておくことが必要になります。
リハビリテーションにおいては情動面を考慮した場合には、
①負の情動を引き起こさせない
②過負荷な運動を避ける
③痛み、過緊張、防御性収縮などが確認された場合、負荷量を調節する
などがポイントとして挙げられます。
これらの事を注意しながら課題の難易度設定を適切に行い、運動学習を進めていくことが大切になります。
また、フィードバックは当たり前ですが快の刺激を入力できるようにしなくてはなりません。
リハビリテーション場面では、患者様は元の体の状態に戻る事を最大の報酬にしていると考えられます。
その経過の中で、少しでも自分の体の状態の変化に気付けることは、かなりの報酬になるはずです。
高いモチベーションが運動野の活動性を高めることも示唆されています。
目標はスモールステップとすることで、その達成(少しの変化)に対して喜びを共有することが大切だと思われます。
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リハビリテーション場面で、獲得したい動作を行う場合の管理するべきエラーの情報が対象者に入力されたとしても、それを処理する脳内機構(認知・連合・自動化)に障害があると、学習効果が妨げられます。
学習に関する脳内機構が障害されている場合、対象者に呈示する情報量と質の管理が重要になります。
ワーキングメモリに障害があれば、情報の同時処理が行えない場合があり、管理するべきエラーの数を減らすように課題の難易度を調整することが求められます。
記憶障害や感覚情報処理過程で問題がある場合には、エラーの認識が行えず、エラーを含む動作をや運動スキルをそのまま学習し、自動化してしまう恐れがあります。これを防ぐためには、エラーを起こさないような学習方法(無誤学習)が必要になります。
無誤学習の代表としては、川平法(促通反復療法)があります。
運動学習を行う上で、小脳系や大脳基底核系に障害がある場合、「内的代償に基づく運動戦略の誘導」が必要になります。
小脳失調がある場合、感覚入力での運動制御がどの程度行えるかを評価し、課題の難易度を設定します。
目的動作達成に必要な姿勢調節や四肢協調運動のための筋収縮方法を、同時収縮・リラクゼーションによる制御に転換するような戦略が必要です。
パーキンソン病がある場合、自発的な運動開始が難しく、補足運動野の賦活化障害(駄基底核と神経繊維連絡をもつ)が順序動作の障害を引き起こすとされています。
そのため、運動タイミングを視覚・聴覚的手がかりとして与え、頭頂葉ー運動前野系を賦活化する戦略が必要です。
適切な運動学習課題の条件は以下の3つです。
①学習者によって認知された具体的な運動目標の設定
②学習目標を表象する具体的な感覚情報の呈示
③適度な成功体験が得られる難易度の設定
このような課題設定は、対象者が内在的フィードバックを処理し、動作のエラーを検出し、運動スキルを自ら修正しようとするため学習効果は高く期待することができます。
課題の難易度については、
運動スキルの修正に必要なエラー情報を供給しながら、それを管理することで得られる成功体験(報酬)が、望ましい運動スキルを強化するレベルに設定する必要がある。
運動学習理論に基づくリハビリテーションの実践 P57
とあります。
臨床場面では、運動課題を再現できない場合が多いですが、運動の制御が困難な場合は、代償手段により課題の難易度を調整し、外在的フィードバック(声かけ、ハンドリング、鏡の使用など)を用いて課題の焦点化とエラー認知を高めます。
外在的フィードバックとして、「目標の達成度が本人にも明確に分かる課題」:例えばペグ移動課題でのペグの本数などは、外在的フィードバック(結果の知識)として用いても、達成度への効果は限られるとされています。
運動課題での感覚情報の入力は、運動麻痺の機能改善に貢献することが示唆されていて、随意運動に連動した電気刺激などは積極的に取り入れることが推奨されます。
後・前大脳動脈領域に障害がない場合、ADL上の上肢操作に関するビデオでの観察学習が上肢機能訓練の効果を高めることが示唆されています。
運動スキルは、目的動作を安全・楽に行えるように自動化される必要があり、姿勢制御などを行う場合には日常生活上の様々な動作の中で潜在的に構築されます。
例えば、姿勢制御に問題がある場合、重心を管理してバランス保持可能な支持基底面が狭くなっており、重心がそこから逸脱しないように運動速度・範囲を限定して安全にバランスをとれる制御が自然と身についています。
そのため、安全が保障された中での運動学習では、姿勢保持能力を最大限発揮できる課題を設定して、重心管理に必要な様々な感覚情報を運動記憶に「符号化」することが大切です。
バランスに関する問題を意識付けて行うよりも、種々の運動課題の反復による潜在学習によって習得させる方が、会話などの他の課題を同時に実施しながら姿勢を制御する運動スキルを定着することができる。
運動学習理論に基づくリハビリテーションの実践 P57
順序学習(道具使用)では、手順の必要性やルールを理解し、複数の動作を「分節化」する等の情報処理が学習に必要で、「試行錯誤による学習(誤りを繰り返しながらの学習)」がキャリーオーバーが得られやすい可能性があります。
脳卒中者では、適応できる運動スキルも少なく、習得した運動パターンを変化させるためには、難易度を高くした課題の中で、日常で用いる運動スキルへの転移を図る必要があります。
脳卒中者には、以下の点について考慮する必要があります。
①自然な文脈において無作為で可変的な練習を行う
②身体・言語的フィードバックの量を減らせること
③対象者自ら課題分析と、問題解決に向けた戦略を立てることができるようにすること
ブロック練習は通常推奨されませんが、新規課題を学習する際には必要になる場合があります。
運動学習の強化には、できるだけ早期に無作為で可変的な練習を行う(同一課題の反復練習でない)必要があります。
可変練習:
ひとつの課題において、遂行するために異なる用具を用いること、用具を異なる場所で使用すること、異なった環境で実施することなどです。
さらに自然な文脈で行う必要があるため、ADL課題は対象者の部屋で行われるべきです。
新規課題や、以前習得した課題に対する新しい方法を学習する際には、初めは身体・言語的フィードバックが必要になることがあります。
対象者の、フィードバックへの依存を防ぐためにも、はやめに少なくする必要があります。
身体的な誘導は、残存機能を使用する方法を妨げる可能性があります。
頻回なフィードバックは、対象者自らのモニタリング能力や、自身のフィードバック機能の使い方の学習を妨げる可能性があります。
身体無視などがある場合には、動画を撮り、遂行状況を見てもらうことでフィードバック機能を補うことが可能です。
対象者が自立して活動を遂行できるように、フィードバックは最小限にしておく必要があります。
問題に直面した時に、自ら問題を解決できる能力も身につけておく必要があります。
セラピストが常に解決策を提案していては、対象者は問題解決を学ぶことはできません。
そのため、セラピストは対象者とともに課題分析を行い、問題解決までの過程を一緒に行っていく必要があります。
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皆さんが仕事で疲れている場合、気持ち的にはどのような状態になるでしょうか。
体や心に疲れ(疲労)を感じた状態では、おそらく何もやる気がしないよな無気力状態になると思います。
ある人はゆっくりコーヒーを飲んで休みたいでしょうし、ある人は家に帰ってゆっくりと眠りたいという人もいるでしょう。
また温泉やお風呂に浸かって疲れを取りたいという人もいるかもしれません。
このように、疲れがある状態では人はなかなか次の行動に移ったり、仕事をこなすことにはつながりません。
このようなことはリハビリテーションを受ける患者さんにも当てはまります。
患者さんは病気になって精神的に落ち込んでいたり、体力的に低下している状態の方が多いなかでリハビリを受けられています。
そこに疲れがある状態が加わると、無気力状態になるのはもはや当然だと思うのです。
そのため、リハビリテーションを提供する際には疲労について考慮することが大切になります。
運動学習においては、練習方法から疲労を考慮することが可能です。
まずは「集中練習」がありますが、集中練習では休息を入れずに課題を遂行していきます。
次に、「分散練習」がありますが、分散練習では途中で休憩を取り入れていく練習方法です。
集中練習が良い場合としては、仕事復帰に向けて疲労がある中でも能力を発揮する必要があるため、持続的に課題を遂行させるような場合が当てはまるかもしれません。
分散練習が良い場合としては、全身持久力の低下があり、分散的に課題を練習する方が無気力状態を防ぎ運動学習を促しやすくなる場合などが考えられます。
疲労と運動の定着について、
練習が過多で疲労が出ると、動作の中にノイズが増え、良い動作の記憶を傷つけると考えられます。
疲労は、実行の意欲を削ぎ事故のリスクを増やすのでよくありません。
練習は疲れないように繰り返し、疲れが出始めたという兆候を見逃さず、すぐに休止あるいは中止します。
その場合もがんばったこと、よくできるようになったこと、よくなったポイントの確認を簡明に行い、成功の記憶の整理に役立てるようにします。
片麻痺 能力回復と自立達成の技術 現在の限界を超えて
とあります。
リハビリテーションでは、現在の患者様の能力に適した最適動作を獲得してもらうことが重要になりますが、そのためには課題を行った時の方法や運動感覚に対する記憶を定着させる必要があります。
疲労はその記憶にノイズを生じさせ、不必要な記憶を定着させてしまうことにもなりかねません。
良い動作の定着を狙うには、やはり適度な練習量と疲労の考慮が大切になってくると考えれます。
患者さんが「疲れた」という場合に、それが果たして本当に疲労なのかを検討することも必要だと考えられます。
それがなぜかというと、患者さんは危険を感じる課題であったり、難しすぎる課題であったりするときには「危ない」「難しすぎる」とは言わずに「疲れた」と訴えることがあるためです。
もちろん、表情やバイタルサイン、客観的な観察、主観的な訴えに耳を傾けながら総合的に疲労があるのか評価を行いますが、上記のような例があることを知っておくことで、患者さんが「疲れた」と言っている真意を捉えることができるかもしれません。
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①獲得
獲得の時期は、技能の初期の指導や練習の時期です。
この時期では、対象者は例えば、麻痺側上肢を使ったリーチ動作を学びます。
②保持
保持の時期では、初期練習期間後に生じ、獲得した技能をどれくらいうまく遂行できるかを示すように要求されます。
学習の保持とも呼び、対象者は例えば、以前獲得したリーチ動作を行う患者の能力をさします。
③転移
転移の時期では、対象者は獲得した技能を新規の状況で使用します。
これは例えば、上衣の更衣で、リーチ動作を動作に取り入れるような場合です。
フィードバックは反応に関する情報です。
内在的、外在的、同時進行的、最終的など、様々な種類とタイミングがあります。
フィードバックは遂行の知識、結果の知識を提供します。
内在的フィードバックは、対象者自身の固有感覚、表在覚、前庭覚、視覚、聴覚などの感覚システムの結果です。
脳卒中では感覚障害により内在的フィードバックが阻害されることがあります。
外在的フィードバックは対象者自身の気づきを高めたり、学習促進のための情報となりますが、汎化の促進のためには徐々に減少させる必要があります。
同時フィードバックは課題遂行中に提供されます。
内在的な体性感覚フィードバックやセラピストからの言語・徒手的誘導が含まれます。
最終的フィードバックは課題終了後に与えられるものです。
どちらにせよ、過度の外在的フィードバックは避ける必要があります。
①遂行の知識(knoeledge of performance:KP)
遂行の知識は、課題遂行中に用いられる処理に関連する情報です。
これには例えば、肩甲骨を動かす方法などがあります。
固有感覚システムの損傷がなければ、動きに伴い同時進行的に内在的な遂行の知識を受け取ることが可能です。
脳卒中者では、感覚システムの破綻から内在的な情報を受け取ることが困難になることがあります。
外在的な遂行の知識は、課題開始前に提供されることがあります。
例えば運動遂行のための姿勢の構えをとらせたり、認知的な要素を含む課題遂行のための戦略の計画をさせるなどの指導があります。
内的な遂行要素に焦点を当てることは、学習にとって逆効果であるかもしれないとされています。
ある運動パターンや手順などの基本的要素に注意を内的に向けるよりも、環境に関連する情報(対象物への距離、形状など)に焦点を当てる方が効果的だとの指摘もあります。
②結果の知識(knoeledge of results:KR)
結果の知識は目標達成に関連した行為の結果についてのフィードバックです。
結果の知識は、今後の遂行に向けた遂行や誤り修正のための基準となります。
頻回な、正確な、即時的な結果の知識は獲得の時期において良い結果をもたらしますが、保持や転移においては拙劣な遂行を招く可能性があると、健常者の研究では示唆しています。
限定した結果の知識が獲得の時期で提供されると、以降は自身の遂行改善のために内的な手がかりに頼らざるを得なくなり、外在的なフィードバックを減らしていく傾向となります。
このことから、脳卒中者において、結果の知識の即時性と頻度の限定は、対象者にとって必要なことになります。
また、対象者自身に課題をいかに効率良く行うかを決めさせるようにすることが大切です。
これにより、課題以外の状況で知識を汎化して使用することにもつながります。
様々な状況で行為を導く組織化された計画やルールのことをさします。
様々な課題を遂行できるための方略を学習することができていれば、獲得の時期の後に新たな知識がより汎化されやすくなります。
治療としては、
表面的には関連性がないように見える一連の課題を行うことを通して、選択された運動や認知のつながりを発展させることを模索している。
脳卒中のリハビリテーション
とあります。
様々な課題において、選択された方略を使用していきます。
方略の汎化を促すために、選択された基礎技能は様々な文脈のもとで繰り返し練習を行います。
治療目標が座位でのリーチや、座位からの立ち上がりにおいて、選択された腰椎の運動だとします。
治療場面では対象者が行為の運動力学的モデルを理解できるように骨盤を誘導することから始めるかもしれません。
また、バランスボール上に座り、骨盤の動きで前後に揺れるようにさせるかもしれません。
リーチ動作練習では「背中を真っ直ぐ」「鼻がつま先を越えるように」などと指示して骨盤前傾運動を促すかもしれません。
最後に、今までの練習で行った腰椎の運動の関係性を強調しながら様々な場面での立ち座りを練習するようになります。
このように、様々な練習の変数を用いるような、絶え間ない一続きの練習スケジュールがよりよい転移を促す可能性が高くなります。
脳卒中後の対象者の運動方略発展を助けるプログラムには
①言語教示
②動作の視覚化
③徒手的誘導
④正確な適時フィードバック
⑤練習の一貫性
が重要とされており、これにより対象者は、運動遂行の運動力学についての内在的フィードバックを自身で提供することを発展させます。
認知的な課題の例を挙げます。
①初期課題では、トランプの1組を赤(ハートとダイヤ)、黒(スペードとクラブ)に分けます。
②転移に近い時期には、記号による4つのグループ、または奇数や偶数の2つのグループに分類します。
③転移の時期(中間)では、初期課題といくつかの同じ性質を有している課題(アルバムの最後に乗せる写真の束を分類するために、3つのカテゴリーを作る)
④さらなる転移の時期では、初期課題と概念は同じで、物理的には異なる課題(訓練室の図書の雑誌をグループごとに配置する)
⑤さらなる転移の時期では、日常における実用的な方略を自発的に使用できる課題(買い物前に、店ごとに買うもののリストを分類する)
上記のような様々な文脈におけるアプローチでは、自己評価と内在的な遂行の知識の使用が強調されます。
新規課題の前に、対象者自ら行為の正確性や効果を見積もり、課題と以前の課題との類似点や相違点などについて検討します。
課題遂行後は、自身の行為を評価し、今後のための手法を確認します。
練習スケジュール:
無作為の(変化のある)練習では、課題のうちのどれかを習得する前に、多数の、多様な課題を対象者に求めるものです。
さらにこれらは無作為な順序で行われます。
リーチ動作と物品操作の改善の長期保持においては、無作為練習が効果的だとされています。
変化の富む練習は、状況に応じた柔軟性を促すことが可能になります。
文脈的干渉:
文脈的な干渉の強さが、新規課題の技能の保有と汎化(転移)を促すとされています。
これは、技能獲得の初期の困難さが、新たな状況下で使用する際に柔軟性の欠如を作り出すことを防ぐためだとされています。
また、学習獲得時期において、初期学習の困難さの克服のための方略を学習するさいに、文脈的干渉の強さにより融通を利かせられるようになるからともされています。
限定的な結果の知識のフィードバックが、文脈的干渉の例になります。
無作為な練習スケジュールは、強い文脈的干渉の例です。
全体練習と部分練習:
不連続なものよりも連続した技能(全体の課題遂行)の方が覚えやすいとされています。
また、部分的な型の運動技能は獲得しやすいですが、長期間の保持には向いていません。
そのため、更衣動作練習では、異なった部分ごとに教えられるよりも、一度に全て教えられる方がよいとされています。
全行程を同時に習得することが困難な場合、選択された課題の側面に手がかりを出したり、徒手誘導を行います。
これを行うことで、対象者は課題の中で達成するべきことを習慣づけることができます。
自然な状況での練習:
練習によって獲得した技能の実生活状況への学習転移は、練習環境と実生活環境の類似性の程度により、大いに影響される。
脳卒中のリハビリテーション
リーチ動作練習では実際の対象物を用いる方が、よりよく遂行できるとしています。
更衣、入浴動作では、その活動が最終的に行われる環境になぞらえた状況において技能が獲得された場合に、最もよく汎化されるとしています。
模擬的な状況ががよりよい汎化を促しますが、対象者全てが学習したことの汎化ができるわけではなく、そのような場合、在宅でのリハビリテーションが必要になります。
課題の分類(カテゴリー):
「クローズドタスク」は、環境が安定しており、予測でき、動作の遂行方法が一貫しているものをさします。
歯磨きや浴槽の出入りなどが当てはまります。
このような動作では、課題の繰り返し練習をすることにより正確で一貫した動作方法を身につけていきます。
「可変的で動きのない課題」は、
安定して予測可能な環境との相互作用を含むが、環境における固有の特徴は遂行で異なるようである。
脳卒中のリハビリテーション
とあります。
飲み物を飲むことがそのような課題で、使用するコップの種類、飲み物の量が異なります。
更衣も、様々な生地や寸、スタイルを持った衣服があります。
このような課題では、対象者は1つ以上の動作方法を学習する必要があります。
様々な状況で行う機会が与えられることになります。
「一貫した動きの課題」は、対象者は遂行中に動きにおける環境的な状況の処理が必要です。
動きは一定で予測できるものです。
エスカレーターに乗ること、回転式のドアを通るなどがあります。
対象者は、動いている対象の予測可能な変化に対し、自身の行為のタイミングを正確に合わせるような練習が必要です。
「オープンタスク」では、動作遂行中に、対象が無作為に動いており、予測できないことに対して判断を行えるようになる必要があります。
関連する対象が動くであろう位置を予測したり、タイミングを合わせるような動きが必要になります。
電車内でのバランス保持、道路横断、キャッチボールなどがあります。
オープンタスク課題の遂行技能を発展させるには、予測できない環境での自然な練習がよいとされています。
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