リハビリを誘いに行っても拒否があり、リハビリ誘導が行えない。というような事は、よく聞く話です。しかし、そのような方に対してどのようなアプローチをしていけば良いか悩ましいことが多くあると思います。今回、リハビリ拒否がある場合に考えたい情動系に対するアプローチについてまとめていきたいと思います。
目次
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私たちが行動を起こすには、以下のような順序を経ています。
・認知
・評価
・行動計画
・運動プログラム
・運動
そしてそれぞれに関わる脳部位は以下のようになります。
・認知(後頭葉、側頭葉、頭頂葉)
・評価(側頭葉内側(辺縁連合野))
・行動計画(前頭前野)
・運動プログラム(補足運動野、運動前野)
・運動(一次運動野、脊髄)
「認知」とは、自分の周りにある対象を知覚した上で、それが何であるかを判断または解釈することです。
そして「認知」の段階に至るまでは、
・感覚
・知覚
の段階があります。
「感覚」刺激を受けると、その刺激を感じ取り意味づけを行います。
この意味づけを「知覚」と言います。
様々な感覚情報を元に、その刺激が「重い」「薄い」「冷たい」などという自覚的な体験として再構成されます。
先ほど、「認知」は対象が何であるかを解釈、判断することだと説明しました。
解釈、判断するときには「記憶」が必要になります。
記憶というのは、過去の経験や体験です。その記憶があるからこそ、判断や解釈の基準ができるのです。
「認知」の段階で、対象を知覚した上でそれが何であるかを判断または解釈すると述べました。
ここで、次の段階は「評価」になります。
「評価」に関わる脳部位は側頭葉内側(辺縁連合野)です。
「評価」では、辺縁連合野の「扁桃体」によって、認知された情報を過去の記憶と照合することで評価が行われます。
そのときの評価基準が、対象者にとって「快」なのか「不快」なのかということになります。
もしくは「有益」なのか「有益」でないのかということになります。
評価結果が「快」であれば行動は促されますし、「不快」であれば行動は抑制されるでしょう。
リハビリテーションで拒否がある場合には、この「評価」において、リハビリテーション(またはセラピストそのもの)がどのように捉えられているのかを考えていくことも必要になります。
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情動には、喜び、悲しみ、不安、怒りなど、様々なものがあります。
すべての情動が処理されている場所は扁桃体です。
扁桃体は、側頭葉の内側の奥にあり、大脳辺縁系の一部だと考えられています。
外部からの刺激情報が扁桃体に入るには、2つの経路があります。
①低位経路
低位経路では、外部からの刺激情報が、視床から直接扁桃体に向かい、情動反応(攻撃、回避、接近)を起こします。
②高位経路
高位経路では、外部からの刺激情報が、視床から大脳皮質の感覚野を経由して扁桃体に向かい、情動反応(攻撃、回避、接近)を起こします。
低位経路では、情動反応までのスピードが速く、対象を認識するより速く行動が起こります(認識はされない)。
高位経路では、皮質に情報が伝達されるので、考えてから行動を起こします(認識される)。
扁桃体は、ネガティブな感情(恐怖、嫌悪など)に強く反応することが知られています。
扁桃体を過活動にさせる他の要因として、痛みに対する不快感や恐怖感があります。
扁桃体の過活動は、前頭前野の活動減少と関連があります。
前頭前野は意欲や意志決定に関与する部位であり、慢性疼痛や不安・ストレスが高い状態では、リハビリテーションにおいても悪影響を及ぼすことが十分に考えられます。
慢性的なストレスを抱えていると、前頭前野の機能不全が起こりますが、それに伴いネガティブ感情を消去する機能が失われるとされています。
対象者によりストレス耐性には個人差があり、何にストレスを感じているかも異なります。
リハビリの内容、自分の体の状態、仕事の心配、病室の環境など、ストレスの要素を把握することも、セラピストにとっては大切な評価の視点になると思われます。
慢性的に不安を抱えている状態では、扁桃体の感受性が高まるとされています。
不安が高まると、視床下部のストレス中枢を活性化し、扁桃体に作用し、マイナスの記憶(記憶の真偽は関係なし)を固定することが知られています。
痛みに対する不安や恐怖には、脳の扁桃体という部位が関与していると言われています。
また、関節炎のモデルラットを使用した研究において、扁桃体基底外側の活動の増加と、内側前頭前野の活動が減少したとの報告があります。
内側前頭前野(前帯状回含む)は、意欲や意志決定に関与しており、慢性痛患者ではその部分の萎縮がみられるとされています。
前頭前野、帯状回の萎縮は、意思決定能力や意欲の低下を引き起こす可能性があります。
痛みの伝達経路:
末梢からの刺激は一次侵害受容ニューロンを介して脊髄後角に伝わります。
一次侵害受容ニューロンにはAδ繊維とC繊維の2種類があります。
Aδ繊維は一次痛(組織の損傷により始めに感じる刺すような鋭い痛み)に関与し、瞬間的に刺激情報を中枢に伝達します。
C繊維は二次痛(鈍くうずく痛み)に関与し、刺激情報を数秒かけて中枢に伝達します。
脊髄後角から視床に伝わる際、Aδ繊維は脊髄後角から特異的侵害受容ニューロン(NSニューロン)とシナプスを形成します。
C繊維は脊髄後角でNSニューロンに加えて広作動域ニューロン(WRDニューロン)とシナプスを形成し、中枢へ伝達します。
NSニューロンは痛みの発生場所を知らせる役割があり、WRDニューロンは痛みの刺激の程度・強度を知らせる役割があると考えられています。
一次痛は大脳皮質の体性感覚野、二次体性感覚野に入ります。
二次痛は大脳の島皮質、前帯状回、前頭前野、扁桃体、海馬などの情動・感情に関わる部位に入ります。
二次痛は痛みに伴うイライラ、不安感などを引き起こします。
また、視床下部にも影響し、血圧上昇や頻脈、冷汗などの自律神経症状も出現することがあります。
前頭前野は報酬-嫌悪回路に関与しています。
慢性疼痛患者では、前頭前野の活動性低下(急性期では活性化する)や、扁桃体や島皮質の過活動が確認されています。
不安や恐怖心などに関与する扁桃体の過活動は、内側前頭前野の活動を減少させることが動物実験により確認されています。
これが慢性痛の引き金になるとも考えられています。
扁桃体の活動にはドーパミンの伝達があり、持続痛は嫌悪感を引き起こし、報酬-嫌悪回路のバランスが崩れることが考えられます。
これが、痛みの評価や予測、自己評価などの認知面の障害を引き起こし、意思決定などに影響を及ぼすことが考えられます。
鎮痛での正の報酬予測は、前頭前野を活動的にし、下行性疼痛抑制系を作動されると考えられています。
精神的ストレスの経路は、視床下部から脳幹・縫線核への経路とされています。
縫線核は脳幹の中央にあり、セロトニンを出すセロトニン神経のある場所にあります。
縫線核はストレス情報が伝わるとセロトニン神経の働きが低下します。
セロトニンは前頭前野でドーパミンやノルアドレナリンの働きを調整し、危険行動を制御するように働きます。
また自律神経の調整、不安などの心理的側面の調整も行っています。
ドーパミンは脳を興奮させる物質で、適度のドーパミンの放出状態は問題ありませんが、セロトニン神経の機能低下により興奮が過度になると、依存症につながります。
ノルアドレナリンも興奮物質で、怒りや危険に対する興奮をもたらします。
ノルアドレナリンが適度であれば、効率良い行動や判断につながります。
ストレス刺激によりノルアドレナリンは過剰状態となることがあります。
それにより、うつ病や不安神経症、パニック障害などの精神疾患につながることがあります。
セロトニン神経が正しく機能することで、ドーパミンやノルアドレナリンの過剰放出を抑え、脳全体のバランスが整い、平常心を保つことが可能です。
アロマによるセロトニン神経の活性化がドーパミンやノルアドレナリンの調整を行いやすくすると考えられます。
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認知症で遭遇する機会の多いものはアルツハイマー型認知症です。
アルツハイマー型認知症は、海馬の萎縮に伴い短期記憶障害(特にエピソード記憶)が生じます。
それに伴い、認知(判断または解釈)できない状態となり、周辺症状が生じます。
記憶(長期記憶)には、大きく分けて
・陳述記憶
・非陳述記憶
があります。
陳述記憶は
・エピソード記憶
・意味記憶
に分けることができ、これは内側側頭葉(海馬)がその役割を担っています。
非陳述記憶には
・手続き記憶:線条体
・プライミング:新皮質
・古典的条件付け
・非連合学習(慣れ・感作):関連する反射経路
に分けることができます。
これらのうち、古典的条件付けはさらに、
・情動反応
・骨格筋反応
に分けられ、「情動反応」は扁桃体がその役割を担っています。
先ほどの話から、アルツハイマー型認知症の方では陳述記憶が低下することがわかります。
逆に、アルツハイマー型認知症の方においては、情動記憶は覚えていることが多くあることを経験します。
認知症の方と接していると、人の名前は覚えていなくても、昨日会ったことを覚えていなくても、なぜかある方が接するときには良い反応を見せてくれないということがあります。
これは、前途した情動記憶が関係していることが考えられます。
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この図は有名なので見たことがある方も多いと思います。
パペッツ回路とヤコブレフ回路の図です。
パペッツ回路:
海馬 、視床前核群 、乳頭体内側核、海馬傍回を中心に回路が形成。
エピソード記憶の成立に関与
ヤコブレフ回路:
扁桃体 、視床内側核 、前頭葉下面を中心に回路が形成。
情動記憶の成立に関与
これらは独立した記憶のシステムなのですが、図を見てもらうと、海馬体と扁桃体の直接的な繋がりがあることがわかります。
これはすなわち、情動とエピソード記憶には直接的なつながりがあることを意味しています。
エピソード記憶が不十分であっても、情動体験により、そのエピソードの記憶を促せる可能性があるということになります。
しかし、これは逆に、不快な情動体験を与えてしまうと、エピソード記憶が不十分であっても、何か得体の知れない嫌悪感のようなものを感じてしまい、リハビリを誘ったとしても拒否につながることもあるということです。
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今までの話をまとめていくと、リハビリの拒否がある時に考えてほしいことがいくつかあることがわかります。
・行動を促進させるには、「評価(扁桃体で行われる)」により快または有益と判断される必要がある。
・扁桃体は、ネガティブな感情に強く反応する。
・ネガティブな感情には、恐怖、嫌悪、痛み、不快感、不安感などがある。
・扁桃体の過活動は、前頭前野の活動減少と関連し、前頭前野は意欲や意志決定に関与する部位であり、慢性疼痛や不安・ストレスが高い状態は危険信号と捉える。
・不安が高まると、視床下部のストレス中枢を活性化し、扁桃体に作用し、マイナスの記憶(記憶の真偽は関係なし)を固定する。
・扁桃体の活動にはドーパミンの伝達があり、持続痛は嫌悪感を引き起こし、報酬-嫌悪回路のバランスが崩れることが考えられる。痛みの評価や予測、自己評価などの認知面の障害を引き起こし、意思決定などに影響を及ぼすことが考えられる。
・情動とエピソード記憶には直接的なつながりがある。
これらのことから、拒否がある場合に振り返ることは、
・ネガティブな感情を引き起こす出来事や環境因子、身体上の問題はなかったか
ということでしょう。
また、認知症の方では、認知(判断・解釈)するための判断基準のもととなる記憶機能の低下があるため、不安や焦燥感が生じやすい状況になっています。
そのため、安心できる環境づくり(いつも同じ時間、顔ぶれなど)ができているか、セラピストが威圧感をかける話し方や話しかける姿勢になっていないか、なども振り返る必要があります。
リハビリを誘う相手によって反応に変化があるか、誘い方で変化があるか(毎回自己紹介をして安心感を与える)なども拒否の原因を探る上では役に立つでしょう。
リハビリの目標が適切に設定されていない場合には、対象者はあまり意欲的に取り組んでもらえないかもしれません。
快、有益と評価されれば、行動は促せることは前途しました。
快感情には嬉しい、親近感、リラックス、好奇心、感謝、安心、満足、勇気、期待、感動、愛しさ、好きなどがあります。
これらの感情を与えやすい環境設定や会話内容、話しかけ方などを考慮するとよいと思います。
そのためには、対象者の過去の生活歴を知ることも大切です。
対象者の方に安心感を持ってもらうことは容易なことではありません。
リハビリテーションでは動作指導なども含めて、対象者に親切心で伝えていることが、実は対象者にとっては罰刺激になっていることも考えられます。
そのため、自分の行動や言動を振り返りながら、決して「あの人は拒否があってやる気がない」と決めつけてしまわないようにしてください。
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