筋緊張亢進(痙縮)に対するニューロリハビリテーションの知識について、まとめていきます。
目次
リハビリテーション臨床のための脳科学 運動麻痺治療のポイント [ 富永孝紀 ]
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伸張反射の異常は、発症初期の自動運動がない段階から他動運動によって観察されます。
臨床では、腱反射、筋の被動性検査での抵抗感などで評価され、痙縮と呼ばれることもあります。
痙縮とは、「反応強度が筋の伸張速度に依存する相同性筋伸張反射が病的に亢進した状態」と定義され、上位運動ニューロン病変の主症状である。痙縮は、伸張反射の亢進・筋緊張の亢進を特徴とし、重度になると、クローヌスや折りたたみナイフ現象が出現する。
リハビリテーション臨床のための脳科学 運動麻痺治療のポイント P88
伸張反射における脊髄レベルでの制御は、まず筋の伸張刺激で筋紡錘が興奮し、その活動電位がⅠa繊維などの感覚ニューロン(求心性)を上向し脊髄に入ります。
シナプスを介してα運動ニューロン(遠心性)へ伝達され、遠心性神経の興奮は神経筋接合部を介して伸張された筋を収縮させます。この情報伝達経路を「反射弓」と呼び、単シナプス性反射(脊髄内で求心・遠心神経間で一つのシナプスを介する)ともいいます。
伸張反射では、この反射経路に加えて、上位中枢での多シナプス性反射の経路もあります。筋の伸張により生じた活動電位は、脊髄後角に入力され前角のα運動ニューロンへ伝達し、同時に上位中枢に入力され、脊髄内の前角に戻り筋収縮を生じさせます。この経路では視床・体性感覚野・基底核・小脳・連合野・運動野などが関連しています。
伸張反射の亢進には、
①γ運動ニューロン活動の亢進、②筋の形態学的変化による筋紡錘受容器の感受性向上、③Ⅰa終末部でのシナプス前抑制の低下、④Ⅰa繊維の発芽形成、⑤シナプス後膜の感受性増大、⑥α運動ニューロンへの興奮性入力増大、⑦α運動ニューロンへの抑制性入力の減少
リハビリテーション臨床のための脳科学 運動麻痺治療のポイント P88
が要因として挙げられ、複数の要因が関連していると考えられています。
最近では、筋紡錘求心神経によるα運動ニューロンの発芽により、筋紡錘からの求心性入力が増え、α運動ニューロンの興奮性が高まることで伸張反射の亢進が起こるという説が有力となっているようです。
中枢からの制御を失った脊髄では抑制現象が起こり、運動ニューロンは機能解離状態に陥る。
その後、機能解離を起こした運動ニューロンは時間経過とともに徐々に過興奮状態へと変化する。
さらに、末梢伝導路の一部から発芽が行われ、本来、中枢からの制御を受けていた運動ニューロンのスペースまで末梢伝導路が占有することで求心性入力が増加し、α運動ニューロンの興奮性が増加すると考えられている。
リハビリテーション臨床のための脳科学 運動麻痺治療のポイント P89
このことからも、伸張反射の亢進は中枢神経による制御ではなく、末梢からの信号にのみ支配されることで過興奮状態になっているといえます。
連合反応とは、
身体の一部が、随意的な努力、または反射による刺激によって動作を行おうとすると、他の身体部位の肢位が変化したり固定したりする自動的な動作
リハビリテーション臨床のための脳科学 運動麻痺治療のポイント P90
と定義されています。
ある筋群に随意的に呼び起こされた収縮は、それに機能的に結びつきのある他の筋群の収縮を引き起こし、これは活性化される運動単位の数と発射頻度が多いほど現れやすくなります。
脳卒中片麻痺患者では、随意運動に関連して、連合反応が起こりやすくなります。片麻痺者の場合、量的な面では連合反応の閾値が低く、現象が広範囲になります。
質的な面ではいつも同じ筋群に出現し、これらの筋群は共同運動パターンに含まれています。
片麻痺患者のでは、ある筋群が活性化すると、どのような課題においても常に同じ筋群が活性化されてしまいます。
連合反応のメカニズムは明らかになっていませんが、伸張反射の亢進により生じるものと考えられています。
中枢からの制御が低下した結果、脊髄前角細胞の興奮性が増大し、運動させようとしている筋とは関係のない筋群への収縮(運動)が観察されると考えられている。
リハビリテーション臨床のための脳科学 運動麻痺治療のポイント P91
共同運動パターンとは、一定の固定したパターンでしか運動できない症状です。
上位中枢の損傷により、脊髄運動ニューロンが中枢からの抑制より解放されることで、筋の組み合わせの少ない、統合度の低い原始的な運動パターンとして出現しているのである。
リハビリテーション臨床のための脳科学 運動麻痺治療のポイント P91
運動単位の動員異常とは、
適切に脊髄運動ニューロンを量的および質的に調節できない状態であり、大多数の片麻痺患者の症状として最もめだつ症状である。
リハビリテーション臨床のための脳科学 運動麻痺治療のポイント P92
ここでいう量は活性化させる運動単位の数、発射頻度により筋グループを収縮させる能力で、質は活性化される運動単位の同期や、協調的に筋グループを調節させる能力をいいます。
運動単位の動員調節には、
動員する運動ニューロンの種類と総数による調節、運動ニューロンの発火頻度による調節、運動ニューロン活動相による同期的・協調的な調節が必要となる。
リハビリテーション臨床のための脳科学 運動麻痺治療のポイント P92
運動単位の動員は、中枢からの下行性伝導路の破綻で症状が生じると考えられています。
伸張反射や連合反応の異常、共同運動パターンが改善されても、運動遂行に低下が認められるような場合、運動単位の動員異常が認められることになります。
ニューロリハビリテーションでは、運動の異常要素を制御させることが目的となります。
伸張反射の亢進により連合反応や共同運動パターンが生じると考えられており、伸張反射の制御を目的に脊髄運動ニューロンの過興奮を制御させ、適切な運動単位の動員を図り随意運動へとつなげていきます。
この制御には、シナプス前抑制や脊髄内の介在ニューロンの賦活性が関連があります。
筋紡錘からⅠa繊維を上行する信号は、シナプスを介して運動ニューロンへと伝達される。
この時、Ⅰa群繊維のシナプス前終末に介在ニューロンが働きかけ、シナプス前終末から放出される神経伝達物質の量を抑え、Ⅰa群繊維から運動ニューロンへと伝達される信号量を低減する機構がシナプス前抑制である。
反射活動を抑制したい場合、高次中枢は、下行路を介してシナプス前終末に作用する介在ニューロンを賦活させ、伝達される信号量を低減させるのである。
特に、能動的な運動時にシナプス前抑制が起こり、高次中枢は筋肉を活動させると同時に重要性の低い感覚入力を脊髄レベルでシナプス前抑制を使って効果的に抑制していると考えられている。
リハビリテーション臨床のための脳科学 運動麻痺治療のポイント P93
シナプス前抑制は運動の準備段階から行われており、運動準備期での脊髄レベルでの運動ニューロンの興奮性は、高次中枢により高まっているはずですが、脊髄性の反射が亢進しないのは、シナプス前抑制の作用によるものだと考えられています。
これは、中枢からの運動指令を優先させるために、末梢からの刺激入力が運動ニューロンへ直接伝達されないよう高次中枢が抑えているためだと考えられます。
また運動準備において、刺激(感覚)に対する予測(イメージ)や注意も作用していると考えられています。
そのため、脊髄性の伸張反射では、注意や意識を向けることでも制御可能になる可能であるといえます。
このことから、中枢による制御には、運動準備期での体性感覚刺激に対する注意や、得られる感覚を予測(イメージ)することが重要で、これらの要素を課題として提示していく必要性があります。
体性感覚の識別はこれらの要素を含む課題であり、知覚探索の運動を要求させますが、伸張反射の異常に対しては他動運動での課題が中心となり、連合反応、共同運動パターン、運動単位の動員異常では自動介助から自動運動で筋出力を要求しながらの課題となります。
重度の運動麻痺では、他動運動による伸張反射や連合反応の制御が可能になってから、徐々に筋出力を要求しながらの識別課題を行い、連合反応や共同運動パターンを制御させながら運動単位への動員へとつなげていきます。
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伸張反射が亢進するメカニズムとしては諸説ありますが、そのひとつに「筋紡錘求心性線維によるα運動ニューロンへの発芽現象」があります。
筋紡錘からの求心性入力の相対的な増加が、α運動ニューロンへの興奮性を増大させることが考えられています。
通常では、求心路(筋から)、遠心路(脳から)のバランスが取れている状態です。
脳卒中発症後、最初の段階では抑制が起こり、いわゆる弛緩性麻痺の状態となります。
その後、運動ニューロンは過興奮状態となり、求心路(抹消伝導路)から側芽が伸びます。
これにより、遠心路の代わりに求心路となることで、求心性入力が増加し、α運動ニューロンの興奮性が大きくなります。
運動前野や体性感覚野からは遠心路があり、これを維持する(中枢神経系による制御:フィードフォワード型)ことで、伸張反射の調整が行える可能性があります。
伸張反射を抑制するものとして、「Ⅰb抑制」があります。
Ⅰb抑制はゴルジ腱器官が関与するもので、反射的に筋が弛緩することで、リラクゼーションを図ることができます。
なお、静的ストレッッチを行うと筋肉だけではなく、関節包、腱、皮膚なども伸ばされることになります。
しかしながら、このⅠb抑制はフィードバック型であり、効果は一過性だとされています。
10分〜15分の持続的な他動的伸張が、運動ニューロンの興奮性を低下させ
〜中略〜
局所的な効果をもつどんなテクニックでも短期間で得られた利益は、継続的な伸張、筋力トレーニング、課題練習によってのみ持続することができる。
脳卒中の運動療法 エビデンスに基づく機能回復トレーニング
中枢神経系では、フィードフォワード型抑制>フィードバック型抑制でみられています。
これは、「予測が立てば、抑制できる」ことを示しており、例えば氷上を滑る際に、慣れてくると予測が立てられるために、全体の筋緊張を上げずに動作を遂行できるようなことが挙げられます。
シナプス前抑制とは、
筋紡錘からⅠa群線維を上行する信号は、シナプスを介して運動ニューロンへと伝達される。
この時、Ⅰa群線維のシナプス前終末に介在ニューロンが働きかけ、シナプス前終末から放出される神経伝達物質の量を抑え、Ⅰa群線維から運動ニューロンへと伝達される信号量を低減する機構がシナプス前抑制である。
リハビリテーション臨床のための脳科学 運動麻痺治療のポイント
とあります。
健常者では、シナプス前抑制が相当に働いてます。
我々は、学習とともにある程度筋緊張が調整されます。
例えば、初心者の車の運転では体が緊張しますが、熟練とともに筋緊張は和らぎます。
学習していくことでシナプス前抑制が作られ、筋活動の際に、不必要な感覚入力を脊髄レベルで抑制していると考えられています。
シナプス前抑制は、運動開始前に起こることがわかっています。
このことから、シナプス前抑制は大脳皮質の機能によるものと考えることができます。
シナプス前抑制は、運動制御において必要、不必要な情報をフィルター機能を通して選択的に抽出する機能があるといえます。
伸張反射の制御には、感覚刺激に対して得られる感覚の予測やイメージをすること、体性感覚に注意を向けることにより行える可能性があります。
これらは体性感覚の識別課題により訓練が行われますが、伸張反射異常がある場合は他動運動により知覚探索を行います。
他動運動によって得られる体性感覚に注意を向け、感覚を予測させ識別させる課題を実施させる
リハビリテーション臨床のための脳科学 運動麻痺治療のポイント
痙縮・筋緊張亢進は筋の伸張速度に比例する速度依存的な収縮です。
痙性麻痺により筋紡錘の錘内繊維の伸張がおこると、γ運動神経の亢進により痙縮が出現しやすくなります。
このような反射性要素以外にも筋・腱などの非反射性の要素も大きく関わるとされ、筋紡錘内の感受性が亢進するとされています。
リハビリテーションで痙縮・筋緊張亢進筋のストレッチやROM訓練を行うと、筋組織や結合組織が伸張され、非反射性要素が引き起こされにくくなります。
そのメカニズムとしては、
Ⅰb繊維やⅡ繊維への刺激によるγ運動神経の抑制、筋粘弾性の低下やⅠa繊維からの神経伝達物質の減少等が考えられている。
内山 侑紀ら「痙縮に対する運動療法」Journal of CLINICAL RRHABILITATION Vol.26 No.7
とあります。
痙性麻痺では、自動運動に参加する運動単位の減少により起こる麻痺、筋短縮、関節拘縮による麻痺側の不動、不使用による運動関連領域の可塑的な再組織化の要素を含みます。
慢性期では麻痺による不動が麻痺肢の大脳皮質領域が縮小を招き、学習性不使用につながります。これがさらに麻痺側の不使用を助長し、筋短縮や関節拘縮の原因となり、筋の過活動を招きます。
筋力増強などのリハビリテーションにより、痙縮・筋緊張亢進筋の随意運動の回復や、痙縮・筋緊張亢進の改善が期待できるとされています。
これらのことから、痙縮・筋緊張亢進の改善には筋・結合組織の伸張だけではなく、不動や学習性不使用の要素も考えていく必要があります。
その他のメカニズムとしては、主動筋と拮抗筋での相反神経支配の改善も考えられます。
能動的運動による筋力増強訓練は痙縮を増加させることなく、相反性抑制の改善により拮抗筋の痙縮を低下させることで、さらに目的筋の活動を改善することができると考えられる。
内山 侑紀ら「痙縮に対する運動療法」Journal of CLINICAL RRHABILITATION Vol.26 No.7
痙縮・筋緊張亢進治療では、中枢性麻痺の要素を考慮する必要があります。
痙縮・筋緊張亢進を利用して立位・歩行を行っている場合、痙縮・筋緊張亢進の低下は動作レベルを低下させることにつながり、まずはリハビリテーション(運動療法)が中心となります。
麻痺が軽度で随意性が十分にある場合は、機能改善のために痙縮・筋緊張亢進の改善に加えてリハビリテーションを行うことが重要です。
このように、対象者の様々な状況に応じて、痙縮・筋緊張亢進治療の適応を考えていく必要があります。
痙縮・筋緊張亢進に対するリハビリテーションでは、「他動訓練」としてストレッチ(持続伸張)、ROM訓練があります。
「自動訓練」としては筋力増強訓練や筋電フィードバック訓練、トレッドミル歩行訓練などがあります。
痙縮・筋緊張亢進が重度の場合、装具や薬物療法、手術などの他の選択肢も考慮しながら、検討していきます。
下肢痙縮・筋緊張亢進筋に対しては、チルトテーブルやストレッチングボードを用いた持続伸張を行います。
手指ではアクチュエータ付きグローブが痙縮・筋緊張亢進改善に有効との報告もあります。
装具の使用により、長時間の持続的伸張を得られますが、痛みや不快感には注意を払います。
ROM訓練では、上下肢の痙縮・筋緊張亢進に屈曲伸展運動を繰り返すことで痙縮の改善がみられます。
非麻痺側上肢での上肢エルゴメーターを最大負荷の50%で10分間行うことにより麻痺側上肢の痙縮・筋緊張亢進軽減の即時効果が得られるとの報告があります。
筋力増強訓練は痙縮・筋緊張亢進を変化させない、または低下させることが多く、痙縮・筋緊張亢進筋の等運動性の筋力増強訓練では痙縮・筋緊張亢進は変化せず、痙縮・筋緊張亢進筋、拮抗筋の筋力増強と歩行速度の増加が得られるとの報告があります。
痙縮・筋緊張亢進筋を求心性収縮させながらの筋力訓練では拮抗筋を伸張しながら痙縮・筋緊張亢進の反射性要素が大きくなりますが、遠心性収縮を用いた訓練では拮抗筋の伸張反射を抑制しながら随意性をたかめることができると考えられています。
等尺性運動では拮抗筋の収縮(同時収縮)が伴いやすいとの報告があります。
バイオフィードバック訓練の効果も示されています。
筋電バイオフィードバック訓練では、筋電図を用いて痙縮筋の筋活動を抑制するように自己学習させる。
さらに、拮抗筋の筋収縮が可能であれば、痙縮筋の筋電には警戒音を、拮抗筋の筋電には快適音を用いてフィードバックすると筋活動の識別が容易となる。
内山 侑紀ら「痙縮に対する運動療法」Journal of CLINICAL RRHABILITATION Vol.26 No.7
トレッドミル歩行訓練では、膝関節屈筋の筋力を高め、抵抗トルクを低下させます。
免荷での歩行は、麻痺側下腿三頭筋の伸張反射軽減、歩行の対称性の獲得により歩行速度の増加が得られます。
他にもロボットを用いた訓練もあります。
痙縮は、上肢では肩内転・内旋筋、肘屈筋、手指屈筋でよく観察されます。
上肢の痙縮があると、更衣動作において衣服の着脱が行いにくいなどの影響が考えられます。
また、手指屈筋の痙縮は、手掌内の衛生状態を清潔に保てなくなることがあります。
下肢では股関節内転位での歩行時のはさみ足、下位更衣での影響が考えられます。
内反足では、第5中足骨足底部への荷重が高くなり鶏目ができ、歩行時の疼痛の訴えや歩容が乱れます。
逆に、痙縮を利用して生活を行っている場合もあります。
手指屈筋群の痙縮により物の把持を行ったり、痙縮を利用して立位や歩行を行っている場合もあります。
脳卒中を発症すると、神経原性の筋力低下が生じます。
一次運動野から出た皮質脊髄路は放線冠、内包、大脳脚を通って延髄の錐体で交叉して反対側の脊髄を下降して脊髄前角の運動細胞へと伝わります。
皮質脊髄路は筋収縮の強さ、すなわち
①何個の運動細胞が興奮するか(量)
②1つの運動細胞がどれだけ強く興奮するか(強さ)
という事に関与しています。
そのため、皮質脊髄路が障害されると、脊髄運動細胞の興奮が低下し、筋収縮が弱くなります。
この状態を神経原性筋力低下といいます。
このようなことから、脳卒中後では、筋力向上と運動パフォーマンスの向上のために、積極的に筋力トレーニングが行われるべきだとされています。
脳卒中片麻痺者に筋力トレーニングを行うことで、「痙縮が増大したらどうしよう」と考え、積極的な筋力トレーニングを行わないということは、対象者の可能性をなくしてしまうことにもつながります。
積極的な自動運動によっても反射性活動や筋のこわばりが増加することはない。
逆に、これらの現象は積極的な課題特異的エクササイズおよびトレーニングに対してポジティブに反応する。
脳卒中の運動療法 エビデンスに基づく機能回復トレーニング
書籍「脳卒中のリハビリテーション 生活機能に基づくアプローチ」の中でも、筋力トレーニングと筋緊張亢進についての様々な研究を用いて述べられていますが、筋力トレーニングが痙縮への負の影響を与えることはないとしています。
ここまでの話から、筋力トレーニングが痙縮を増加させる根拠はないことがわかりました。
とはいえ、痙縮(伸張反射の異常)に対するアプローチも動作遂行のパフォーマンスを上げる上では必要です。
痙縮筋に対しては、脳卒中ガイドライン(2015)では、
・痙縮に対し、高頻度の経皮的電気刺激(TENS)を施行することが勧められる(グレードB)
・慢性期片麻痺患者の痙縮に対するストレッチ、関節可動域訓練が勧められる(グレードB)
・麻痺側上肢の痙縮に対し、痙縮筋を伸張位に保持する装具の装着または機能的電気刺激(FES)付装具を考慮してもよい(グレードC1)
・痙縮筋に対する冷却または温熱の使用を考慮してもよい(グレードC1)
となっています。
ストレッチについては、10から15分の持続的な他動的伸張により運動ニューロンの興奮性を低下させるようです。
リューロリハビリテーションの理論では、伸張反射の制御には「シナプス前抑制」を再獲得していくことが必要だと言われています。
シナプス前抑制とは、
筋紡錘からⅠa群線維を上行する信号は、シナプスを介して運動ニューロンへと伝達される。
この時、Ⅰa群線維のシナプス前終末に介在ニューロンが働きかけ、シナプス前終末から放出される神経伝達物質の量を抑え、Ⅰa群線維から運動ニューロンへと伝達される信号量を低減する機構がシナプス前抑制である。
リハビリテーション臨床のための脳科学 運動麻痺治療のポイント
となっており、運動開始前から不必要な感覚入力を抑制するフィルター機能の働きがあります。
改めてですが、「筋緊張亢進」は、筋を他動伸張したときの抵抗感に用いられる言葉です。
「痙縮」とは、
反応強度が筋の伸張速度に依存する相同性筋伸張反射が病的に亢進した状態
〜中略〜
痙縮は伸張反射の亢進、筋緊張の亢進を特徴とし、重度になると、クローヌスや折りたたみナイフ現象が出現する。
リハビリテーション臨床のための脳科学 運動麻痺治療のポイント
とあります。
脳卒中では伸張反射の異常が起こるとされ、そのことにより腱反射の亢進や被動性検査での抵抗感の亢進につながっています。
動作上の困難さでは、例えば前方にリーチしたい場合に、上腕二頭筋の筋緊張が高ければ、スムーズに対象物にリーチすることはできなくなります。
筋緊張にも関連することとして、連合反応に関する記事も参照してください。
脳卒中片麻痺者と連合反応!何がよくて何が良くないのか!
筋の収縮様式には3種類があります。
・求心性収縮(筋が短くなりながら、起始と停止が近づく)
・遠心性収縮(筋が長くなりながら、起始と停止が遠ざかる)
・等尺性収縮(筋の長さが変わらない)
筋力トレーニングを思い浮かべてみると、ダンベルを持ちながら肘屈曲を行うのが上腕二頭筋の求心性収縮で、肘ゆっくりと伸ばしていくのが上腕二頭筋の遠心性収縮です。
遠心性収縮は、筋肉の粘性要素と深い関わりがあり、錐体外路(脊髄前角細胞のγニューロンにシナプスする)によりコントロールしています。
錐体外路は筋緊張のコントロールをしているところであり、筋緊張が低ければ遠心性収縮はコントロールされにくいといえます。
先ほどのダンベルを持ちながら肘の曲げ伸ばしをするトレーニングを例に挙げながら考えていきます。
収縮力に関しては、肘を曲げる時にはダンベル(肘伸展方向への抵抗)よりも大きな収縮力を発揮させる必要があります。
逆に、肘を伸ばしていく時にはダンベルよりもわずかに小さな力でブレーキをかけながら収縮力を調整する必要があります。
この収縮力は、運動単位の参加数と発火頻度により調節される必要があります。
伸張性収縮と求心性収縮の違いについて、
運動単位活動パターンが短縮性収縮と伸張性収縮では異なる
入門運動神経生理学;ヒトの運動の巧みさを探る
とあります。
遠心性収縮と他の筋収を比較すると、遠心性収縮では、
・伸張反射の興奮性が低い
・皮質脊髄路の興奮性が低い
ことがわかっています。
しかしながら、筋紡錘からのインパルスの発射頻度は高いこともわかっています。
この理由としては、以下のようなことが考えられています。
・下行性入力の一部が抑制性の脊髄介在ニューロンに結合している
・筋の興奮性が低くとも運動野の活動性は高い入門運動神経生理学;ヒトの運動の巧みさを探る
このようなことから、上位中枢からの制御により、伸張反射回路の興奮性を下げていることが考えられます。
初めの方に示しましたが、痙縮は伸張反射の亢進がみられるとありました。
遠心性収縮を利用することで、伸張反射の興奮性を抑制できるかもしれないことがわかります。
筋緊張亢進(痙縮筋)に対して、Ib抑制(ストレッチ)を用いることは、筋緊張調整に役立ちますが、これは静的な場面でのことになります。
遠心性収縮では関節運動が行われるため、より動的な場面につなげることができるかもしれません。
例えば歩行中の筋収縮の様式は多くが遠心性収縮が用いられます。
筋緊張が高い方に対して、遠心性収縮による筋緊張のコントロールを学習することができれば、機能的な歩行につなげることができる可能性があります。
そのような場合、姿勢や参加する関節の数などを考慮して、課題を設定する必要がありそうです。
課題が対象者にとって難しすぎる場合、努力的な活動となりより筋緊張が亢進してしまう可能性も考えられます。
重要なことは、痙縮筋に遠心性収縮を繰り返し行わせることで、伸張反射回路の興奮性を低下できる可能性があるということです。
なお、遠心性収縮による筋緊張コントロールのエビデンスは明確なものがありません。
筋肉には、3つの要素から成り立っています。
・収縮要素
・弾性要素
・粘性要素
筋の収縮要素は、筋肉がどの程度伸ばされたということを表します。
筋の弾性要素は、バネのようなもので、関節の角度によって変化があります。
筋の粘性要素とは、シリンダーやピストンのようなもので、収縮速度により変化があります。
例を挙げると、ヒモの下にバネを取り付け、その下に重りがついていることを想像します。
ヒモを引っ張ることは収縮要素であり、ヒモを離すとバネは大きく上下に変形します(弾性)。
この時、バネの変形をコントロール(ブレーキをかける)しようとすると、ピストン機構のように粘性要素を用いる必要があります。
バネは長くなればなるほど強く変形がみられます。そして、ピストンは速度によって粘性が変わる必要があります。
このブレーキをかける粘性要素が、筋収縮の様式のひとつである遠心性収縮に関わっていることになります。
筋収縮は、3つの様式に分類されています。
・求心性収縮
求心性収縮は、筋の長さが短くなり、起始と停止が近づくような収縮で、アクセルの役割があります。
・遠心性収縮
遠心性収縮は、筋の長さが伸びながら、起始と停止が離れるような収縮で、ブレーキの役割があります。
・等尺性収縮
等尺性収縮は、筋の長さが変化しない収縮で、体節の支持や安定化の役割があります。
筋緊張が低下している状態というのは、筋が「学習された不使用」の状態であるということがいえます。
筋の収縮力は運動に参加する運動単位の数と筋の断面積によって決定されます。たくさんの運動単位が参加すればするほど、収縮力が大きくなることを表しています。
綱引きで多くの人数がいる方が強く引くことができるのと同じ原理です。
運動単位は、どの程度の負荷がかかればどの程度の運動単位が参加するかがあらかじめ決められています。
石井慎一郎先生の例えを借りると、10〜30%の負荷であればAチーム、30〜50%の負荷であればA+Bチーム、50〜80%の負荷であればA+B+Cチーム、それ以上の負荷であればA+B+C+Dチームというような感じです。
普段からあまり使用できていない場合や、収縮力を必要としない場合、上記の例で挙げたようにAチームしか参加しないことになります。
そうなると、B・C・Dチームは参加できない状態が続きます。これが、学習された不使用の状態につながります。
ある負荷に対して、どの程度収縮すればよいのか、どの程度の力が必要なのか、それにはどの程度の運動単位を発火させればよいのかという調整役を担っているのが錐体外路です。
錐体外路は脊髄前角細胞のγ運動ニューロンにシナプスしています。
γ系は、運動単位がいつでも参加できるように常に見守っておく指令役ということも言えます。
使用されていない状態が長く続くと、いざ必要な時に運動単位が参加できないということが起こってしまいます。
対象者の方は遠心性収縮がかなり苦手なことが多いです。
対象者は、運動をゆっくりとコントロールしようとすると、粘性が高くないのでバネ要素を用いて大きく揺れるようにコントロールしてしまいます。
また、速くコントロールしようとしても、粘性の低さから一気に崩れてしまいます。
筋の弾性要素は、伸張反射(α運動ニューロン)がコントロールしており、その時の状態によって都度変化させています。
筋の粘性要素は、γ系がコントロールしており、これが筋緊張を調整しています。
筋緊張の低下がみられる場合、粘性がコントロールできず、遠心性収縮もコントロールができないことになります。
以上の話から、筋緊張の低下がみられる対象者には、遠心性収縮を用いる必要があると言えます。
もちろん、脳卒中の方では錐体路系の回復によりα運動ニューロンの活動が高まる必要もあります。
遠心性収縮を利用していくことで、筋の粘性要素を高めながら、γ系を亢進させていくことが重要といえます。
脳卒中の方は、損傷を受ける部位により運動野や錐体路に損傷が起こることがあります。
単関節または複数の関節を用いた運動を要求する際に、瞬発的に筋緊張を高めて収縮力を発揮することはできるが、その運動が持続しないということをよく経験します。
患者さんへの説明には「筋肉の持久力が低いので」というように説明することも多く、実際に神経原性の筋力低下も起こることからあながち間違いではないかもしれません。
ここで考えたいのは筋肉の持久力という視点の他に、筋緊張が低下するということが運動の持続力を低下させる要因にもなるということです。
では、筋緊張の低下と運動の持続力という視点について考えていきたいと思います。
前途した、筋緊張の低下と運動の持続力を考えていくには、α運動ニューロンとγ運動ニューロンについて知っておく必要があります。
α運動ニューロン
α運動ニューロンは、筋繊維(錘外繊維)を支配し、伸張反射に関与し、実際の筋収縮を起こすために必要な運動神経細胞です。
ひとつの運動ニューロンがいくつかの筋繊維を支配し、それらを合わせて運動単位といいます。
γ運動ニューロン
γ運動ニューロンは、錘内繊維(筋紡錘の中に存在)を支配し、筋紡錘に入力します。
筋収縮において、その力の量は、参加する運動単位の数や筋繊維の型、α運動ニューロンの発火頻度により異なります。
ある運動を行うときに、どれくらい収縮すればよいのかを調整するのには、筋肉や腱の中にある感覚受容器が関与します。
この感覚受容器が筋紡錘やゴルジ腱器官です。
筋紡錘は、筋の長さやその変化率(速度)に反応する感覚受容器です。
筋紡錘は上位中枢からの入力を受け取っており、感受性の調節が可能だとされています。
また、筋紡錘から上位中枢(網様体賦活系や運動野)にも情報(筋の長さの変化)を伝えています。
筋紡錘は関節位置覚への関与(関節角度の変化は筋肉の長さによってわかるため)や、筋緊張の設定や調整、筋収縮の調整にも関与します。
筋緊張の設定では、例えばダンスにおいて足を伸ばして綺麗に見せたい場合、屈筋の筋緊張を低く設定し、伸筋の筋緊張を高く設定することが必要になります。
このように、各動作に最適な筋緊張を設定する役割が筋紡錘にはあるとされています。
筋緊張の調整では、例えばでこぼこ道を歩く際に、転倒しないためにはどの方向からの伸張に対してもすぐに反応する必要があります。
そのためには、運動ニューロンからの入力が高まっていることが必要です(γループ:γ運動ニューロン→筋紡錘↑→Ⅰa繊維↑(求心性、筋の伸びの程度と速さを感じる)→α運動ニューロン↑)。
ある動作を行うときには、主動作筋を促通し、拮抗筋を抑制することでスムーズな動作が行われます。
非常に重いかばんを肘を曲げて持つとき、重さに負けてそのうち肘が伸びてきますが、その筋肉の伸張が筋紡錘の活動性を高め、伸張反射を起こし肘屈筋の収縮力を高めることができます。
筋紡錘の活動性や伸張反射は意識的に制御できるとされていますが、そのためには筋紡錘や他の感覚受容器からの求心性のフィードバックが必要になります。
リハビリテーションにおいて感覚が重要だと言われているのは、その辺りの関係性ともつながりがあることがうかがえます。
関節運動が持続するためには、筋肉の長さが一定に、自動的に調節される必要があります。
α運動ニューロンが興奮すると筋収縮(錘外筋の短縮)が起きるのは説明しましたが、α運動ニューロンだけが興奮してしまうと、筋紡錘には負荷がかからなくなり、筋の長さの変化やその速さを検出することができなくなります。
すると、Ⅰa繊維の抑制により主動作筋が抑制され、Ⅰa抑制繊維の脱抑制により拮抗筋が促通され運動が停止してしまいます。
そこで、運動中にはγ運動ニューロンも同時に興奮することで錘内繊維を収縮させます。
すると、Ⅰa繊維の興奮により主動作筋が促通され、Ⅰa抑制繊維の抑制により拮抗筋が抑制され、運動が持続します。
この一連の働きを、α-γ連関といいます。
α-γ連関の機能を高めるには、筋肉の収縮様式としては等尺・求心性収縮を行う必要があります。
筋収縮時の筋紡錘のたるみを防ぐ機能的必要性からα-γ連関によって筋紡錘の感度を高める機序が働くとともに、筋張力増大に伴って伸張反射回路の興奮性は増大する
入門運動神経生理学: ヒトの運動の巧みさを探る
川平法(促通反復療法)においても、手指伸展の促通の際に、指の伸びを邪魔しない程度に抵抗(求心性収縮と等尺性収縮の間)をかけておくのですが、これはα-γ連関の機能を高めることにより持続的な手指の伸展を実現させているのだと考えられます。
このようなことから臨床的には、動きがあまりみられない時期には、動きを出したい側とは反対方向にストレッチをかけ、伸張反射を誘発し、求心性収縮を促通します。
求心性収縮がうまくいけば、動きを邪魔しない程度にやや抵抗をかけながら、α-γ連関の機能を高め、運動が持続的に起こるようにしていくことが必要になります。
痙縮・筋緊張亢進では、関節可動域制限(拘縮)が生じることがあります。
これは、痙性麻痺による筋・腱の短縮や、疼痛からの反射性拘縮が原因としてあげることができます。
反射性拘縮では痛みを軽減することがまずすべきことですが、痙性麻痺による拘縮では筋の防御性収縮をできる限り抑えて弱い負荷で長時間持続伸張するようなアプローチが必要です。
装具はこのようなアプローチを行う上で有用となります。
装具療法の注意点としては、着用時の不快感、過度の矯正による疼痛、皮膚を傷つける、装具の破損などがあります。
装具療法の適応は中枢神経障害からの痙性麻痺に適応で、その目的は痙縮の予防、改善、良肢位保持や歩容の改善です。
成人片麻痺の場合、発症3ヶ月以降の歩行が安定し、活動量が大きくなってくる時期に痙縮・筋緊張亢進が増大することがあるため、その時期に装具療法を行うことが有用とされています。
また、痙縮治療ではボツリヌス治療を併用することで、より効果があげることにつながるとされています。
下肢装具は、ストレッチ、痙性緩和が主であり、内反尖足などの良肢位保持にも使用されます。
ストレッチ用では、ボツリヌス療法を行う際にタウメル式継手式関節装具が用いられることがあります。
ギア構造で無段階調節が可能で、ボツリヌス療法直後の20分程度、装具装着によるストレッチを行います。
痙性緩和用では、短下肢装具の足部内面にパッドなどを取り付け、下肢の筋緊張緩和を目的に使用されます。
立ち上がり、歩行時の足指の屈曲に対しては、インヒビターバーやクレストと呼ばれるパッドを取り付けます。
筋緊張緩和のメカニズムは明らかではありませんが、足指の過度の屈曲を抑制し、前足部の安定性、支持性を改善することにより痛みの緩和も図れると考えられています。
歩行の際の足関節の良肢位保持として用いられることもあります。
下肢痙縮・筋緊張亢進の程度により短下肢装具の種類は変わり、使用場所(屋内、屋外)の考慮も必要です。
室内用ではプラスチック製を使用することが多く、痙縮・筋緊張亢進が強い場合には足関節の固定、足部がつま先まで長いものが必要です。
痙縮・筋緊張亢進が弱い場合、薄いプラスチック製で足関節に動きがあり、足部もつま先までないものが使用され、立脚後期に足部の踏み返しがおこなえるようにします。
屋外用では、室内用のプラスチック装具をそのまま使用することもありますが、痙縮・筋緊張亢進が強い場合、両側支柱付靴型短下肢装具が用いられます。
短下肢装具では膝伸展位で腓腹筋の短縮の有無と程度を確認する必要があり、立位や歩行で痙縮・筋緊張亢進がどのように変化するかを把握するようにします。
足関節背屈位での固定では膝屈曲し、足関節底屈位での固定では膝伸展します。
片麻痺者では尖足による膝伸展力の働きで反張膝につながることもあるため、足関節の角度調節が大切になります。
片麻痺患者にみられる過度の緊張性足指屈曲反射では、足指の屈曲だけでなく足部の内反、凹足化を引き起こすこともあり、立位・歩行時に増強します。
強い痛みを感じることもあり、そのことによって歩行が困難になることもあります。
インヒビターバーは、靴の内底の足指とMP関節部に貼り付けるもので、緊張性足指屈曲反射による痛みを軽減することがわかっています。
緊張性足指屈曲反射を伴わない痛みの場合、まずは変形や装具による圧迫などを評価することが大切です。
緊張性足指屈曲反射があっても、疼痛が中枢性の場合、効果がでないこともあります。
インヒビターバーを利用することで痛みの軽減が図られ、さらに歩容の改善も期待できます。
下肢伸筋の痙性抑制として基本的な対応としては、
1股関節屈曲
2足関節底屈
3足指の底屈
の3つが基本となります。
伸筋痙性が強い場合、股関節屈曲、足関節底屈、足指底屈を併用し操作を行うことで、下肢伸筋痙性抑制に効果が期待できます。
なお、股関節には持続的な伸張(ストレッチ)、足関節底屈、足指底屈には速い伸張を行っていきます。
①背臥位、鼠径部を擦りながら、股関節屈曲・外旋、膝関節屈曲させ、股関節内転筋群の痙性を抑制します。
②膝屈曲位で股関節外旋を保持し、股関節屈曲・内転方向に押してから、股関節伸展・外転を促通します。
③その後膝関節伸展を行います。
*膝伸展に伴い股関節内転筋群の筋緊張が亢進した場合、股関節屈曲・外旋、膝関節屈曲の促通を繰り返します。
*この方法では、持続効果は得られないため繰り返し行う必要があります。
①背臥位、足部の内返しと足部、足指の底屈をすばやく行い、陰性支持反射を誘発します。
②下肢屈曲を指示し、膝関節を屈曲させます。
*足関節背屈が少ない場合、ハムストリングスを刺激しながら、股関節屈曲、外転、外旋方向に誘導します。
*この手技により、伸筋の痙性の指標であるH波、H/M波比の両者が低下しており、痙性の低下が示されたとの報告があります。
立位での伸筋痙性抑制手技です。
①平行棒内で非麻痺側上肢で平行棒を把持し、股関節屈曲と膝関節屈曲を介助にて行います。
②膝関節屈曲位のまま、股関節を伸展位に誘導し、保持します。
*非麻痺側体重支持が不安定な場合、セラピストは対象者の腸骨稜を持ち、肘を平行棒に乗せることで、
対象者が麻痺側へ倒れることを予防しながら、もう一方の手で対象者の麻痺側下肢を操作します。
痙性麻痺による関節可動域制限(拘縮)に対しては、筋の防御性収縮をできる限りさけながら、弱い負荷で長時間の持続的な伸張が必要になります。
装具療法では、このような伸張を行うことができますが、一方で過度の矯正による疼痛、皮膚損傷、装着不快感、破損には注意を払う必要があります。
装具療法はボツリヌス療法との併用により効果を上げることにつながります。
ストレッチ用の上肢装具にはタウメル継手式手指関節装具があります。
基本構造は、プラスチック(コポリマー/ポリプロピレン3mm)とその内面にウレタンスポンジ3mmを使用し、手関節継手にタウメル継手を用いたもので、重量は約500gである。
手関節と指関節を同時に伸展位に矯正することができるもので、装着は手関節は屈曲位にし、指関節は伸展位で装着し、その後手関節と指関節を同時に徐々に伸展位に矯正する。
南里 悠介ら「痙縮に対する装具療法」Journal of CLINICAL RRHABILITATION Vol.26 No.7
ギアがついており無段階に調節できますが(自力でも)、重量が重いことや運動時にフリーにできないことなどデメリットもあります。
費用は約7万で、身体障害者手帳使用し1割負担、医療保険で3割負担となります。
肘装具ではタウメル継手式の他に、ダイヤルロック式、ファンロック式などがあります。
ダイヤルロック・ファンロック式は角度の微調整ができず、角度調節する際に手間もかかります。
前腕装具では継手にウルトラフレックスコンポーネントの前腕回内・回外矯正用継手(ラチェットギア)の使用で前腕回外位に矯正可能になります。
パンケーキ型手指保持装具は手指、手関節の良肢位保持、拘縮予防に使用されます。
すでに拘縮がある場合、手関節継手付き手指装具により徐々に拘縮の矯正を行います。
手指拘縮には「ミラクルグリップ」が拘縮改善につながる可能性があります。
筋促通用には、スパイダースプリントや3点つまみワイヤー式手指装具があります。
これらは、手指の回復過程で集団屈曲はできるが集団伸展が不十分な場合に、手指の伸展を助けてくれます。
手関節伸展の保持が困難な場合、3点つまみワイヤー式長対立型を使用します。
これらは安静時は手指伸展位保持しながら、つまみ動作を行うことが可能です。
また、ピンチ動作からリリースする際、手指伸展の促通効果が得られる可能性もあります。
安静用スプリントは夜間、昼間問わず使用できるもので、原則24時間使用できるものが必要です。
睡眠中は筋緊張が軽減・低下し、変形の恐れは少ない、また、装着による違和感により、昼夜逆転する高齢の利用者を考えると脳血管障害患者の安静用スプリントは昼間装着したほうがよいと考える。
手のスプリントのすべて 第3版 P94
機能回復が予測できる場合、関節を保持する運動域が回復しても、機能的な肢位にスプリントで保持する必要があります。
発症早期から筋緊張が亢進してきた場合には、手関節、手指の関節をより伸展位にて保持する安静用スプリントを装着する必要があります。
痙性麻痺に対するスプリントの目的は、痙性麻痺筋群に対し、外部から入る刺激を撃る限り抑制し、痙性を最小限に抑えることです。
これは、筋を持続的かつ静かに伸張し、筋緊張を抑制する方法になります。
安静用スプリントでは手指を良肢位に保つためのものです。
良肢位(安静肢位)とは、手を机の上に軽く置いた時の手の状態で、屈曲・伸展筋ともリラックスした状態をいいます。
なお、機能的肢位とはやや屈筋が伸張され、常に筋収縮の準備ができている状態を指します。
手指に関節拘縮(屈曲拘縮)がある場合、「ミラクルグリップ」という商品が利用できます。
ミラクルグリップは反発性のよい素材(ポリエチレン)を使用しています。
ミラクルグリップを握ることにより、ポリエチレンの開こうとする力が常に抵抗し、無意識レベルで手指の反復運動を行うような刺激が脳に伝達する効果があります。
ミラクルグリップを1日24時間装着を1〜2ヶ月継続した結果、約8割程度の対象者に拘縮が改善した(おそらく程度は様々)とされています。
拘縮だけでなく、悪臭や感染症も防ぐことができる点においても優れているといえます。
痙縮の一般的な定義は、
上位運動ニューロン症候群の一要素で、伸張反射増強の結果として腱反射亢進を伴って生じる、他動伸張時の速度依存性筋緊張亢進の状態
山口 智史「痙縮に対する物理療法」Journal of CLINICAL RRHABILITATION Vol.26 No.7
とあります。
臨床では、他動伸張だけでなく、動作時の筋緊張亢進が問題となり、それにより生じる動作障害や廃用症候群をさすことも多くあります。
痙縮・筋緊張亢進は反射性要素と非反射性要素に分かれます。
反射性要素は脊髄での反射調節異常によりますが、中枢神経系障害の発症後に起こる上位中枢から脊髄への下行性出力の減少や、末梢神経から上位中枢への上行性入力の減少となります。
脊髄反射は上位中枢との相互作用により調節されているため、脊髄レベルで生じる反射調節の異常は、発症後の上位中枢における神経活動の変化による(mal)adaptationの結果と考えられる。
さらに、発症後の経過とともに努力性の運動や動作により、上位中枢からの下行性出力は努力性となる。
同時に、脊髄レベルでは反射経路の過活動や消失、抑制性反射経路の潜在化や促通性反射経路の顕在化が生じることで、同時収縮等の不随意運動を誘発する。
この上位中枢における活動変化と脊髄における反射調節の異常は、相互に痙縮を悪化させる。
山口 智史「痙縮に対する物理療法」Journal of CLINICAL RRHABILITATION Vol.26 No.7
非反射性要素としては、運動麻痺や感覚障害などによっって生じる不活動、不使用による筋構造の変化が考えられます。
これはコラーゲンや腱の変性、筋線維の固さの増大、サルコメアの減少などが当てはまります。
構造レベルでの変化は、脊髄レベルでの反射調節異常に影響し、痙縮・筋緊張亢進を強めます。
温熱・寒冷療法の効果のメカニズムは、γ運動ニューロンの発火量が減少し、筋紡錘の活動性低下により脊髄の過剰な反射の低下により痙縮・筋緊張亢進が減弱します。
温熱刺激は、血液循環をよくし、副交感神経の活動を高めることから、疼痛軽減やリラクゼーションにより痙縮・筋緊張亢進を減弱させる可能性があるとされています。
電気刺激療法と振動刺激法の効果のメカニズムは、痙縮・筋緊張亢進の拮抗筋のⅠa求心性線維への刺激によるⅠa抑制性介在ニューロンを介した相反性抑制の増強が考えられます。
拮抗筋からの相反性抑制が高まると、痙縮・筋緊張亢進筋の脊髄運動ニューロンの活動性を低下させ、痙縮・筋緊張亢進が減弱します。
痙縮・筋緊張亢進に対し、物理療法のみを行うのではなく、運動療法と併用することでその効果が高まると考えられます。
電気刺激療法と随意運動の促通により、痙縮・筋緊張亢進に対してより高い治療効果が得られる可能性があります。
随意運動中に電気刺激を与えることで、随意運動が促通され、拮抗筋の痙縮・筋緊張亢進筋にも相反性抑制を増強することが可能となります。
また、随意運動の促通により、一次運動野から脊髄抑制介在性ニューロンへの下行性出力を増加させた状態で電気刺激も行うことで、その効果を高めることが考えられます。
痙縮・筋緊張亢進は上位運動ニューロン障害のひとつです。
上位運動ニューロン障害は他にも、深部腱反射の亢進、クローヌス、バビンスキー兆候、スパズム、共同運動、連合反応、運動麻痺、筋力低下、疲労などがあります。
痙縮・筋緊張亢進の機序は上位運動ニューロン障害による伸張反射の亢進が原因となります。
健常時には、伸張反射、固有感覚反射、皮膚反射、侵害受容器反射等の興奮性を上位中枢が制御しているが、上位運動ニューロンの障害により、この調節機構が破綻し、伸張反射が亢進する。
中馬 孝容「痙縮とリハビリテーション上の問題点」Journal of CLINICAL RRHABILITATION Vol.26 No.7
痙縮・筋緊張亢進は網毛体脊髄路の過剰興奮により生じるとされています。
筋紡錘レベルにおいては、筋紡錘の錐内繊維の感受性を調整しているγ運動ニューロンの活動性の亢進、筋紡錘感受性の上昇、Ⅰa群繊維の変性や発芽現象等を認めている。
中馬 孝容「痙縮とリハビリテーション上の問題点」Journal of CLINICAL RRHABILITATION Vol.26 No.7
痙縮・筋緊張亢進の評価として、MAS(modified Ashworth Scale)があります。
徒手にて関節の他動運動の抵抗を6段階にて評価します。
グレード | |
0 | 筋緊張の増加なし |
1 | 罹患部位を伸展や屈曲した時、可動域の終わりに引っかかるような感じや、わずかの抵抗感を呈する軽度の筋緊張の増加 |
1+ | 可動域の1/2以下の範囲で引っかかるような感じの後にわずかの抵抗感を呈する軽度の筋緊張増加 |
2 | 緊張はより増加し可動域ほとんどを通して認められるが、罹患部位は容易に動かすことはできる |
3 | 緊張の著しい増加で他動的に動かすことが困難 |
4 | 罹患部位は屈曲や伸展を行っても固く動きがない状態 |
臨床的には深部腱反射、クローヌス、病的反射、ROMなどがあります。
患者・家族の自覚的評価として、Goal Attainment Scalingがあります。
痙縮・筋緊張亢進が増強することで、生活上の問題が生じることが多くあります。
上肢では肩関節内旋、肘関節屈曲位を呈することが多く、更衣動作の介助量が増えるなどが考えられます。
重度になると、呼吸時の胸郭運動にも影響を与える可能性が高くなります。
手指では屈曲位を長期間とることにより衛生面での影響が考えられます。
手指の拘縮については、「ミラクルグリップ」というものがあり、拘縮改善の可能性が示唆されています。
股関節内転位では歩行時のはさみ足、下位更衣での影響が考えられます。
内反足では、第5中足骨足底部への荷重が高くなり鶏目ができ、歩行時の疼痛の訴えや歩容が乱れます。
痙縮・筋緊張亢進を利用して生活を行っている場合があり、例えば痙縮・筋緊張亢進を利用した立位、歩行、手関節屈筋群を利用した把持などです。
その場合、痙縮・筋緊張亢進改善により逆に動作が行いにくくなってしまうこともあるため注意が必要です。
痙縮・筋緊張亢進は運動・動作面だけでなく精神状態への影響も考えられます。
英国内科医師会の痙縮治療ガイドラインによると、痙縮・筋緊張亢進の増強要因があれば、まずその対策を行うことが必要とされています。具体的には、疼痛、不快感、便秘、尿路感染症、呼吸器感染症などです。また衣服が適切か、バルーンカテーテル留置や不良姿勢の確認、そのための装具の使用などを検討し、リハビリテーションによる軟部組織の拘縮予防や動作レベルでのコントロールを図ります。
痙縮・筋緊張亢進に対するリハビリテーション(脳卒中ガイドライン2015)で推奨される治療(リハビリテーションに関すること)は以下のようになります。
・痙縮に対し、高頻度の経皮的電気刺激(TENS)を施行することが勧められる(グレードB)
・慢性期片麻痺患者の痙縮に対するストレッチ、関節可動域訓練が勧められる(グレードB)
・麻痺側上肢の痙縮に対し、痙縮筋を伸張位に保持する装具の装着または機能的電気刺激(FES)付装具を考慮してもよい(グレードC1)
・痙縮筋に対する冷却または温熱の使用を考慮してもよい(グレードC1)
脳卒中片麻痺者でのよくあるパターンとして、歩行中に肘が曲がってしまうことが挙げられます。
本人は意識せずとも、歩いていると勝手に腕(肘)に力が入ってしまい、伸ばすこと(手を下ろして腕を振ること)ができなくなってしまいます。
これは、痙縮と呼ばれるものが原因となっています。
痙縮については、
痙縮(けいしゅく)とは筋肉が緊張しすぎて、手足が動かしにくかったり勝手に動いてしまう状態のことです。
手指が握ったままとなり開きにくい、ひじが曲がる、足先が足の裏側のほうに曲がってしまうなどの症状がみられます。脳卒中の発症後、時間の経過とともにまひ(片まひ)と一緒にあらわれることが多い症状です。
http://keishuku.jp/chiryou/
専門的には、
痙縮・筋緊張亢進は筋の伸張速度に比例する速度依存的な収縮です。
痙性麻痺により筋紡錘の錘内繊維の伸張がおこると、γ運動神経の亢進により痙縮が出現しやすくなります。
このような反射性要素以外にも筋・腱などの非反射性の要素も大きく関わるとされ、筋紡錘内の感受性が亢進するとされています。
(参考)内山 侑紀ら「痙縮に対する運動療法」Journal of CLINICAL RRHABILITATION Vol.26 No.7
となっています。
この痙縮筋が、歩行中の肘が勝手に曲がってしまう状態を作り出してしまっているのです。
痙縮が運動の邪魔になるのは、主に収縮してほしい筋肉(主動作筋)が働くのと同時に拮抗筋(逆の関節運動を引き起こす筋肉)が同時に働いてしまうことにあります。
通常であれば、主動作筋が働く時には拮抗筋が相反的に抑制が行われます(これを相反抑制と呼びます)。拮抗筋の筋肉の収縮力が減少することにより、主動作筋の筋収縮力が増加することになります。
そのため、リハビリテーションでは、いかに相反抑制を改善させていくのかがポイントになります。
リハビリテーションでは痙縮を軽減させるために、ストレッチ(持続的な伸張)がよく用いられています。
また、自分で関節を動かせる方は、肘が曲がるのであれば肘を伸ばす運動をしっかりと行っていく必要があります。
近年のリハビリテーションでは、電気刺激の力を借りて、自分が動かしたい筋肉の収縮をアシストしてくれる環境の中でどんどんと運動をしていくような手法も登場しています。
そして今回は、タイトルにあるように手関節固定装具について紹介していきたいと思います。
まず、手関節固定装具がどのようなものかを紹介します。
私が手関節固定装具と脳卒中片麻痺者の痙縮筋の関係性について深く知ろうと思ったきっかけは、「HANDS therapy」と呼ばれるリハビリ方法があるのを知ったからです。
以下の書籍に詳しい内容がか書かれています。
この手関節固定装具は、筋緊張の抑制に一役買ってることが研究によりわかっています。
手関節固定装具について、
手関節固定装具により手関節を中間位に保持することで痙縮抑制効果が得られ、屈筋共同運動パターンの患者で随意運動時の屈筋群の過剰な筋活動を抑制できる。
さらに、1日8時間の装着により自動運動可動域ならびに痙縮の改善を認めることが報告されている。
“>HANDS therapy―脳卒中片麻痺上肢の新しい治療戦略
とあります。
このことから、手関節固定装具をリハビリ場面だけでなく、日中活動時も装着することにより、痙縮を軽減させる可能性があります。
市販の手関節固定装具には、以下のようなものがあります。
この装具は、プレートにより手関節の背屈角度を調節することが可能になります。
ポイントとしては、手関節を中間位で保持できるようにすることが大切です。
注意点としては、長時間の装着での圧迫による皮膚への影響には気をつけてください。
本題に入ることができました。
脳卒中片麻痺者の歩行中の肘が曲がってしまう(痙縮による影響)ことに対する手関節固定装具の効果について考えていきます。
手関節固定装具により痙縮が減少することはなんとなくわかりましたが、手関節の良肢位保持が、肘が曲がってしまう(肘関節屈筋の筋緊張亢進)になぜ効果があるのかが疑問点になります。
手関節固定装具装着で、肘屈筋群への抑制効果は電気生理学的にも認められている。
〜中略〜
手関節屈筋の伸張によりtypeⅡ求心性繊維を介し、共同筋である上腕二頭筋への全角細胞の興奮が抑制されることが示されている。
“>HANDS therapy―脳卒中片麻痺上肢の新しい治療戦略
とあるように、手関節屈筋のストレッチが、上腕二頭筋の筋活動を抑制できることがわかっています。
となると、歩行中も手関節固定装具を使用することにより、肘関節屈筋の筋緊張亢進を抑制することが期待できるということが予測できます。
歩行中に肘が曲がってきてしまって、コスメティック的にも気にされてる方がいるとしたら、手関節固定装具を一度試してみることも一つの有効な方法になる可能性があります!!
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大変、丁寧で参考になった。