大腿骨転子部骨折の方を担当している際に、どうも痛みが長引いていて、リハビリテーションを進める上での阻害因子になったということがありました。そこで今回は、大腿骨転子部骨折術後の疼痛について、疼痛管理とリハビリテーションの視点からまとめていきたいと思います。
目次
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大腿骨転子部骨折の方は、術前より股関節や膝関節の可動域制限を有している方がいます。
それは、術後すぐに手術が実施されているかによって左右されます(もしくは元々可動域制限があるパターンもあり)。
受傷後すぐに手術が実施されればよいのですが、手術実施までの期間が長ければ長いほど、疼痛により股関節や膝関節の可動域制限が出現してしまいます。
関節可動域制限の原因としては、主に伸張性の欠如と滑走障害が挙げられます。
股関節は肩関節と同じ球関節であり、例えば関節包に拘縮が起こると大腿骨頭は求心位を保つことが難しくなり、偏位してしまいます。
これが、関節周囲筋に攣縮(スパズム)を生じさせたり、周辺の組織に侵害刺激を与えることとなり、疼痛を引き起こすことにもつながります。
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大腿骨転子部骨折の術後では、組織が侵害されるため、炎症反応が生じます。
ちなみに、急性期の疼痛は術後〜2週間(3週間との意見もある)ぐらいの間までだとされています。
炎症が存在すると、侵害受容器(自由神経終末)の閾値は低くなります。そのため運動が引き金となって、疼痛は生じやすくなります。
運動により疼痛があると逃避収縮が生じます。
それによる筋の持続的な収縮は局所循環を悪化させ、発痛物質が蓄積し発痛を引きおこします。
痛みによる反射的な筋収縮は筋紡錘の感度を高めます。
すると、少しの伸張刺激でも筋は収縮し、痛み刺激となり痛みが生じやすい状況を作り出してしまっています。
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大腿骨転子部骨折術後の痛みの原因の一つには、骨折部の痛みがあります。
骨折部の痛みは、骨折部が手術により確かな固定が得られ、異常な可動性がなくなった場合には1〜2週間で消失するとされています。
痛みが取れない場合は、徐々に再転位が進んでいることがあります。
その場合、運動時痛や荷重時痛が継続します。
画像で再転位の有無を確認しながらリハビリテーションを進めていくことが大切になります。
再転位の進行が止まって痛みが軽減するまで荷重を遅らせるのが良いか,痛みをある程度我慢しながら荷重を続けていくのが良いかは,意見が分かれるところである。いずれにしても痛みがある間は十分な荷重ができないので,思い切って1週~2週間荷重を遅らせることも良い判断だと思われる。
石橋 英明「大腿骨頸部骨折のリハビリテーション」理学療法科学20(3):227〜233,2005
大腿骨転子部骨折術後の痛みの原因の一つには、軟部組織の損傷や手術侵襲による痛みがあります。
これらの痛みは、組織修復の過程でおおよそ3週間以内に軽減してくると言われています。
よく、軟部組織の痛みで対象者の方が訴えられるものに、筋肉痛があります。
筋肉痛は、内転筋、大腿直筋、大腿筋膜張筋、腸脛靭帯周囲に訴えることが多くあります。
このような場合は、リハビリにおける負荷量を調整するなどして、筋肉痛が治るのを待つようにします。
また、消炎鎮痛剤、ホットパックなどを用いることで疼痛軽減を図るようにもしていきます。
大腿骨転子部骨折術後の方で最低限評価しておくべき項目としては、
・理学所見(CRP値、各週の術創部炎症所見)
・NRSにて荷重時痛
・大転子外側部および前方部の圧痛
・運動、動作時痛の有無
などがあります。
NRS(numerical rating scale)は、 0と10を最端とし,間に数値によるアンカーポイントが記載されています。
0を「まったく痛くない」10を最大に痛いとし、その中でどの数値に当てはまるかを選択してもらいます。
股関節の評価については以下の記事も参照してください。
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RICE処置は、Rest(安静)、Ice(冷却)、Compression(圧迫)、Elevation(挙上)を含みます。
RICE処置は大腿骨転子部骨折術後における痛みが、急性炎症によるものだと判断した場合に実施します。
前途しましたが、疼痛による逃避収縮や持続収縮は痛みをさらに増悪させてしまうことがあるので、リラクセーションをかけることで軟部組織を緩めることが必要になります。
疼痛があるといえども、関節拘縮を作ってしまうと、それを改善させるのに時間があかるため、愛護的に関節可動域練習を行っていくことが重要になります。
骨折時の軟部損傷や手術時の侵襲による組織の瘢痕形成によって関節拘縮が起こることがある。また,手術前の待機期間が長い場合も,痛みの少ない肢位を取り続けることによる組織の短縮が生じ,股関節の拘縮の原因となる。
石橋 英明「大腿骨頸部骨折のリハビリテーション」理学療法科学20(3):227〜233,2005
消炎鎮痛剤服用後にリハビリテーションを行うなど、時間帯を調節しながらリハビリテーションを行うことも有効なことが多いです。
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股関節周囲の筋肉を押したときに痛みがあることを、「圧痛がある」と表現します。
この圧痛はどのようなメカニズムで起こるのでしょうか。
圧痛には反射のシステムが関与するのですが、なんらかの要因により痛み刺激があると、それが交感神経に伝達されます。
交感神経が促通されると血管を収縮させ、血液の流れが低下します。
また、運動神経に伝達されると、筋肉の攣縮(スパズム)を生じさせます。
筋攣縮では、常に筋緊張が高くなっている状態です。
筋攣縮が生じると、筋肉の中にある血管の血流が低下し(虚血状態)、筋肉に栄養が供給されなくなります。
すると筋組織は壊れ、結果として発痛物質が出現し、これが筋肉を押したときの圧痛を生じさせます。
筋の伸張性が低い状態では筋肉組織自体は安定しているため、圧痛は見られにくいという特徴があります。
前途しましたが、筋攣縮(スパズム)では圧痛がみられることが多くあります。
また、筋攣縮(スパズム)は脊髄反射によって持続的な痙攣状態となっており、筋肉を短縮位にしても伸張位にしても筋緊張が高いという特徴があります。
さらに、筋攣縮(スパズム)では筋力低下が認められます。
これは、筋肉整理的機能障害によるものだとされています。
血管スパズムも伴うため静脈還流が滞り、筋内圧の上昇が認められます。
そのような状態では疼痛が生じやすく、筋が収縮するとさらに痛みが増強されてしまいます。
筋攣縮に対しては、以下のような考え方に基づくアプローチが有効になる場合があります。
関節を固定するような収縮様式(等尺性)では、筋肉の両端についている腱が筋肉をお互いに引く(綱引きのような感じ)ので、筋収縮した分の足りない長さは、筋腱移行部が担い、伸張刺激が入ることになります。
等尺性収縮を行うと、筋腱移行部に伸張刺激が入ることは先ほど説明しました。
筋腱移行部への伸張刺激は、ゴルジ腱器官に加わり、Ⅰb繊維に興奮が伝わります。
脊髄において抑制性介在ニューロンを経由し、その筋のα運動繊維を抑制し、同時に拮抗筋のα運動繊維を興奮させます。
筋収縮を行うことで、筋ポンプ作用が働きます。
筋ポンプ作用は、筋肉の血液循環やリンパ還流を良くするので、筋緊張、浮腫の改善や発痛物質の軽減に有効となります。
筋攣縮(筋スパズム)に対しては、等尺性収縮を用いてアプローチを行うことが効果的です。
その際、筋収縮は最大収縮力の1割程度にとどめ、収縮時痛が起きないように注意します。
開始肢位:筋が伸びる伸張位
↓
等尺性収縮
↓
終了肢位:筋が縮む収縮位
これを、圧痛と筋緊張の軽減が得られるまで繰り返していきます。
これは解剖学的な話ですが、いくつかの筋肉の伸張位と収縮位を示していきたいと思います。
伸張位:股関節伸展、内転、外旋
収縮位:股関節屈曲、外転、内旋
膝伸展位
伸張位:股関節伸展
収縮位:股関節屈曲
伸張位:股関節伸展
収縮位:股関節屈曲
伸張位:股関節伸展
収縮位:股関節屈曲、内転、軽度外旋
伸張位:股関節伸展、外転
収縮位:股関節屈曲、内転
伸張位:股関節軽度内転位、内旋
収縮位:股関節外旋
*股関節外転位では大腿方形筋がターゲットとなる
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情動には、喜び、悲しみ、不安、怒りなど、様々なものがあります。
すべての情動が処理されている場所は扁桃体です。
扁桃体は、側頭葉の内側の奥にあり、大脳辺縁系の一部だと考えられています。
外部からの刺激情報が扁桃体に入るには、2つの経路があります。
①低位経路
低位経路では、外部からの刺激情報が、視床から直接扁桃体に向かい、情動反応(攻撃、回避、接近)を起こします。
②高位経路
高位経路では、外部からの刺激情報が、視床から大脳皮質の感覚野を経由して扁桃体に向かい、情動反応(攻撃、回避、接近)を起こします。
低位経路では、情動反応までのスピードが速く、対象を認識するより速く行動が起こります(認識はされない)。
高位経路では、皮質に情報が伝達されるので、考えてから行動を起こします(認識される)。
扁桃体は、ネガティブな感情(恐怖、嫌悪など)に強く反応することが知られています。
扁桃体を過活動にさせる他の要因として、痛みに対する不快感や恐怖感があります。
扁桃体の過活動は、前頭前野の活動減少と関連があります。
前頭前野は意欲や意志決定に関与する部位であり、慢性疼痛や不安・ストレスが高い状態では、リハビリテーションにおいても悪影響を及ぼすことが十分に考えられます。
慢性的なストレスを抱えていると、前頭前野の機能不全が起こりますが、それに伴いネガティブ感情を消去する機能が失われるとされています。
対象者によりストレス耐性には個人差があり、何にストレスを感じているかも異なります。
リハビリの内容、自分の体の状態、仕事の心配、病室の環境など、ストレスの要素を把握することも、セラピストにとっては大切な評価の視点になると思われます。
慢性的に不安を抱えている状態では、扁桃体の感受性が高まるとされています。
不安が高まると、視床下部のストレス中枢を活性化し、扁桃体に作用し、マイナスの記憶(記憶の真偽は関係なし)を固定することが知られています。
リハビリテーションにおいては、
①負の情動を引き起こさせない
②過負荷な運動を避ける
③痛み、過緊張、防御性収縮などが確認された場合、負荷量を調節する
などがポイントとして挙げられます。
セラピストと対象者の何気ない会話においても、対象者を不安にさせるような言葉を発してしまっている可能性もあります。
対象者のストレス要因を把握するために、リハビリテーション場面だけでなく、病棟での生活の様子や対象者のバックグラウンドも把握することが大切になります。
ストレス要因が把握できたら、それをできるだけ取り除くように働きかけることも必要になります。
負の情動を喚起させないことがポイントになりますが、逆に、快の情動を喚起するにはどうすればよいでしょうか。
リハビリテーション場面では、対象者は元の体の状態に戻る事を最大の報酬にしていると考えられます。
その経過の中で、少しでも自分の体の状態の変化に気付けることは、かなりの報酬になるはずです。
高いモチベーションが運動野の活動性を高めることも示唆されています。
目標はスモールステップとすることで、その達成(少しの変化)に対して喜びを共有することが大切だと思われます。
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慢性疼痛に関しては、以下の記事に詳しく解説があります。
疼痛(痛み)評価とリハビリ:ペインリハビリの基礎の基礎!
ここで、慢性疼痛というのが、どのようなものかを確認していきます。
慢性疼痛について、
慢性疼痛は国際疼痛学会によって「治療を要すると期待される時間の枠組みを越えて持続する痛み,あるいは進行性の非がん性疾患に関連する痛み」とされており1),慢性疼痛の多くが外傷や疾病に起因す る急性疼痛からの移行した痛みであるが,疼痛を誘発する刺激(侵害刺激) が持続的あるいは断続的に存在するために生じる場合も含まれる.
持続時間については一般的に 3 ヵ月以上持続 するものを慢性疼痛とすることが適当とされているが 2),持続時間についてのコンセ ンサスは明確でなく,特に急性疼痛からの移行した痛みの場合は,痛みの原因となっている疾患あるいは病態が治癒した後も持続する疼痛を慢性疼痛とすることが妥当とも考 えられており,診断における時間の枠は重要でないようである。
標準的神経治療 :慢性疼痛
とあります。
慢性疼痛では、様々な認知的要因が痛みに影響を及ぼすことがわかっています。
自己効力感(特定の目標を達成するために必要な活動を遂行する自信の程度)が慢性疼痛の関連が強いことが指摘されています。
そのため、痛みに対する自己効力感を評価することで、身体的要因だけでない、包括的なリハビリテーションアプローチの一助とすることができます。
慢性疼痛が維持する要因の代表的な認知的要因として、痛みの経験をネガティブにとらえる傾向の「破局的思考」があります。
破局的思考の傾向が強い場合、痛みの強さは増し、様々な障害が生じるとされています。
身体機能の障害と破局的思考の生活障害への影響を比較すると、破局的思考の影響の方が強いとの報告もあります。
慢性疼痛は、破局的思考の減少に伴い症状が改善することが報告されています。
破局的思考は、「反すう」「拡大視」「無力感」からなります。
反すう:破局的思考が頭から離れない
拡大視:実際の痛みより大きな問題としてとらえる
無力感:痛みに対して自分でできることができないように感じる
手術前や手術後に評価を行い、破局的思考の傾向が高い場合、患者に痛みに対する対処法などの教育により、苦痛の軽減に役立てることが可能になります。
痛みの対処方略には、以下のようなものがあります。
認知的対処方略
願望思考(Praying or Hoping: PH):
・痛みが持続しないように祈る
・早く痛みがなくなるようにと願う
破滅思考:(Catastrophizing: CA)
・もうだめだと思う
・どうすることもできないと悲劇的に思う
自己教示(Co ping Self-statement: CS ):
・自分自身を励ますこと
・何とか頑張れると自分に言い聞かせる
注意の転換(Dive rting Attention: DA ):
・気持が落ち着くように何か別のことをして注意をそらす
・何か別のことを考えたり、頭に思い描いたりして気を紛らす
思考回避(Re interpreting Pain Sensation: RP):
・あたかも痛みの感覚がないかのように考える
・痛みを否定し無視する
無視(Ignoring Pain Se nsations: IG ):
・痛みを意識しないようにする
・痛みがないと自分に言い聞かせる
行動的対処方略
痛み行動の活性化 (除痛行動)(Increasing Activity: IA):
・気を紛らわすために何か行動する
・注意をそらすために体を動かすなどの活動をする
他の行動の活性 化(医薬行動)」(Pa in Behavior: PB):
・薬にたよる
・医療機関に行く
痛みの程度が強いほど、破滅思考の対処方略を行い、自己教示法は行わないとされています。
痛みの程度や頻度が高いと、うつ傾向が強くなるとされています。
痛み刺激は無力感やうつ状態を生じさせる可能性が高い回避的な対処行動を行うことが示されています。
これは、何かに立ち向かうような対処方略は取らない特徴があるといえます。
痛みに対する対処方略は精神的な健康状態だけではなく、その対処方略によってその人の認知が影響を受けていることが予測される。
また、痛みそのものが、非常に大きな認知的な影響を受けており、痛みをどうとらえるかというその人の認知と対処方略、うつなどの精神的健康は、相互に関連しあっていると考えられる。
大竹 恵子ら「痛みの経験とその対処方略」
このことから、痛みの認知を変容させ、痛みに適応した行動をとれるようにアプローチすることは、リハビリテーションにとって求められるアプローチになります。
痛みに対する不安や恐怖感,自分の腰や腰痛,その他の筋骨格系疼痛に対するネガティブなイメージから,過度に大事をとる意識や思考・行動のことである.
言い換えれば,腰痛を恐れて予防としても治療としても重要な運動習慣を回避してしまうことにつながる逃避的な認知過程の代表的な概念である.
日本人勤労者を対象とした腰痛疫学研究
恐怖回避思考が高い場合には、認知行動療法的なアプローチも取り入れることが考えられます。
不良姿勢に伴うメカニカル・ストレスが、運動器の不具合(軽微な炎症、背筋の筋緊張・ 阻血など)をもたらし、心理社会的ストレスが、脳辺縁系でのドパミン・オピオイドシステムの異常といった脳(中枢性)機能の不具合を起こすことがあります。
脳機能の不具合の反応・結果として、抑うつや自律神経失調に伴う身体化 (反応性の筋攣縮や局所の阻血、腰痛はその一症状)が現れやすくなる。
加えて、下行性疼痛調節系の機能異常および中枢性感作(痛覚過敏 )の状態に発展することがあります。
運動器による不具合の特徴は、姿勢・動作と腰痛との関係性が明確かつ一貫性があること、全く痛くない姿勢が必ずあることが挙げられます。
一方、脳による不具合の特徴は、普通そんな痛くないだろうという刺激で、すごく痛がること、身体化を疑う身体症状が複数あり、あちこち痛いことが挙げられます。
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