作業療法などのリハビリテーションにおいては、作業を介在させることにより、より効果的なリハビリテーションを提供することにつながります。今回、作業療法におけるトランプの活用法を紹介していきたいと思います。
目次
リハビリテーションにおいては、作業を介さずに運動を促す方法と、作業を介すことにより運動を促す方法があります。
作業療法では、作業(アクティビティ)を介すことによって、対象者の運動をより効果的に促すことができる可能性を秘めています。
では、作業を介すことにどのような利点があるかを考えていきます。
脳卒中片麻痺の方などでよくあるパターンなのですが、何も作業を介さずに、手の運動を行うことはできるが、何か対象物を持って操作するとなると、とたんに運動が行いづらくなるというのは作業療法あるあるです。
当たり前の話なのですが、物品を操作するというのは、対象物への接触を含めたアクティブタッチであり、知覚ー運動的な要素に加えて、自分の手の動きや物品操作による対象物の動きへの注意など、分配される注意の数も多くなるなどの要素により、よりレベルの高い運動・動作になります。
リハビリテーションでは、それぞれの関節運動を促すと同時に、その関節運動を含む作業を介した運動を行うことが、日常生活における効果的な四肢の使用を促していくことにつながります。
よく文献などで、「いかに日常生活で麻痺側上肢を使用していくかが運動麻痺の回復には必要な要素だ」などという話を目にしますが、日常生活では物品の使用は当たり前ですから、作業を介したリハビリテーションというのが大切になってくることが理解できます。
作業を介すことで、その作業を遂行するために必要な関節運動をより自然な形で促すことができます。
何かの対象物をつまみたいと考えている場合に、ただ単に関節運動を行うだけの練習を行っても、つまめるようにはならないでしょう。
よく、リハビリテーション場面では、セラピストが「この関節をもっと使いながら、、、」などと指示を出すことがあります。
運動学習を促すという点では、初めはしっかりと声かけなどを含めて指導することも大切ですが、獲得したい関節運動を自然に誘導できる環境設定も必要になります。
作業を用いるということは、様々な段階付けが可能であり、運動や動作を自然に誘導するための材料が豊富にあることを意味しています。
作業を用いると、運動・動作のレベルは格段に上がるのですが、それは同時に試行錯誤の機会を得られるということです。
あ〜でもない、こ〜でもないと考えながら作業遂行をすることは、自分で問題を解決するための能力も促すことが可能です。
なんらかの機能障害、能力低下を抱えている場合には、試行錯誤を繰り返しながら運動学習を促していったり、自己解決方法を身につけていくということは非常に大切な要素になります。
【スポンサーリンク】
作業の段階付けには、様々な考え方を用いることができます。
簡単に言うとすれば、対象者にとって少し難しく、なんとか成功できるレベルを設定することが、運動学習を大きく促すことができると考えられています。
リーチ方向(前後左右上下)
リーチ距離(短い、長い)
リーチの軌道(直線、曲線、方向転換とその数)
速く
遅く
徐々に速く(緩急自在)
強く
弱く(強弱自在に)
静かに
課題の段階付けや変更に直接関係することではありませんが、回数設定に関わるようなことです。
訓練を行っていると、筋肉が疲労することにより、明らかに運動パフォーマンスが低下することがあると思います。
このような状態で訓練を続けていると、無駄なノイズがある状態で動作が記憶されることにつながります。
短期の学習効果は休憩によって残り、休んでいる間に学習の選択が行われて中期の学習が残るようです。
その後さらに動作することにより選択された学習の効果が現れ、動作の変化になると理解しています。
〜中略〜
練習が過多で疲労が出ると、動作のノイズが増え、よい動作の記憶を傷つけると考えられます。片麻痺 能力回復と自立達成の技術 現在の限界を超えて
疲労は運動パフォーマンスの低下として現れますが、その前兆を評価できることが大切になります。
表情(眉間にシワがよる、口がいがんでくるなど)、呼吸、姿勢が崩れてくるなどの反応を観察により把握することが大切になります。
回数をこなすことももちろん大切なのですが、疲労と向き合いながら取り組めるように、観察ポイント知っておくことが大切になります。
ここからは、段階付けや課題変更にける基準の考え方です。
課題設定においては、「少し難しそうだが、なんとかできるレベル」を設定していくことが必要と言われています。
対象者にとって簡単すぎるレベルでは回復が起こりにくいと考えられます。
課題遂行時の観察ポイントとして、まず正常動作の要素を考えていきたいと思います。
正常な動作では、道具操作は流れるように、協調的な動きになります。
また、スピードも正確性も高いことが挙げられます。
このことから、協調性、スピード、正確性、(安全性)は正常を考えた場合に重要な要素になります。
脳卒中片麻痺者では、上記に加えて分離運動が適切に行われているかも加える必要があります。
分離運動が適切に行われていないということは、共同運動の要素が含まれているということです。
共同運動の要素が強ければ、それを代償するために様々な運動が行われます。
例えば、頭や体幹、反対側の上肢に代償運動が生じます。
分離運動が部分的に可能になれば、今度は動きのスピードや協調性、正確性に目を向けることになります。
また手指では、独立した運動が行えずに把握のパターンが残っていることが考えられます。
ある課題を行ったときに、代償運動が強すぎる場合、その運動を行い続けるとノイズが入った運動を記憶することにつながってしまいます。
分離運動障害や筋力低下があると、代償運動は起こってしまうものですが、それが強すぎる場合には、課題の難易度をワンランク低いものにする必要があります。
前途しましたが、数値は明確な基準になります。
数値をもとに課題の設定や変更を行うこともひとつの方法です。
終了時間
終了するまでの時間により、課題の難易度を決定します。
ひとつの課題が◯秒で終わるように設定し、◯秒以上かかる課題は行わないようにするなどです。
これにより、時間を基準として、遂行のスピードに焦点を当てて課題設定が行えます。
平均時間の比較
例えば、前日に行った課題の平均時間と、当日に行った平均時間を比較し、時間が短くなっていたら、課題の難易度を上げていきます。
平均時間2
この平均時間では、例えば10回行うのであれば、後半5回中4回の平均が、前半5回の平均を超える場合に課題の難易度を上げていきます。
個数
ある秒数までにできた個数の平均が、前日の個数の平均を超えた場合に、課題の難易度を上げていきます。
これ以上の改善が見られない
課題を行っていて、個数や平均時間などの改善がこれ以上見られない場合、課題の難易度を上げていきます。
習熟を要する動作に至るまでは数百万回以上の繰り返しが必要とされています。
運動全体の記憶(エングラム)が強化されるには、多くの反復動作が必要であり、エングラムが確立されると、複雑な随意運動が協調的に実行されるようになっていきます。
巧緻動作障害の改善では、好ましくない反応(運動)を抑制しながら、適切で正確な運動を繰り返し、運動の記憶を確立していく必要があります。
実際の訓練では、繰り返しの回数と期間は患者の状態によってことなるため、そのパフォーマンスを評価していく必要があります。
評価の視点には、①パフォーマンスの時間短縮②正確さの向上③誤りの減少④複雑な課題への適応性⑤課題遂行時の努力性、注意努力の減少などがあります。加えて患者の主観的な実行度や満足度を評価することも必要です。
トランプは、主に上肢、手指の運動を促すために用いられます。
また、記憶障害や注意障害、保続や失語症の機能改善に向けても使用されることがあります。
トランプの基本動作としては、
・トランプをくる(or切るorまぜる)
・トランプを配る
・トランプをめくる
などが挙げられます。
基本動作の中で、トランプをくる、トランプをめくるに関しては両手動作であり、脳卒中片麻痺者においてもよく利用されることがあります。
両手動作は半球間抑制において非常に大切な考え方であり、片麻痺者の運動麻痺改善に向けてもトランプなどを活用した両手動作は是非とも取り入れたい動作になります。
半球間抑制については以下の記事を参照してください。
ニューロリハビリテーションと両手動作-半球間抑制の視点から-
手指の巧緻性を引き出すには、トランプをめくったり、トランプを配る動きを活用できます。
下図の写真のように、母指でトランプを押し出すようにして配る(地面に滑り落とす)ことは、母指のIP、MP関節の屈曲伸展の動きを促すことができます。
配る(滑り落とす)方向を変えることで、母指は様々な動きを伴うことになり、より自由度の高い運動が必要になります。
また、運動面だけではなく、トランプの表面と指腹の圧を知覚しながら、押し出さなければならないため、知覚と運動を常に伴う課題でもあります。
トランプをめくる課題は、トランプは幅がかなり狭い素材なので、指尖つまみを強化するのに最適です。
対象者のレベルによっては、
・示指と母指の指尖を使う
・示指または母指のどちらかで固定しながらめくり上げる
・机の端にトランプを寄せ、指腹でつまめる所まで移動させてからめくる
などのパターンがみられます。
机の上に直接トランンプを置いての動作が難しのであれば、机の上にタオルを敷き、その上にトランプを置くことで、少し隙間ができるのでめくり上げやすくなります。
トランプが固くてめくり上げにくいのであれば、初めは柔らかめのフェルトなどを練習課題に用いる必要があります。
トランプをめくり、裏返す課題では、前腕の回外動作も促すことが可能です。
【スポンサーリンク】
「ババ抜き」などのゲームをセラピストと対象者で行うことでも、対象者の上肢・手指機能の向上を図ることが可能です。
ババ抜きを実施している最中は、おそらく両手動作であり、しかもゲーム中は両手を使用する頻度が高い課題になります。
トランプの束を片手で保持しながら、相手のトランプを取りに行く動作が必要になります。
対象者のレベルに応じて、トランプを保持させるのか、リーチさせるのか、どちらを目的とするかを検討していくことが大切になります。
高次脳機能障害に対しても、トランプは活用されます。
「神経衰弱」は、記憶機能の改善に有効になる可能性があります。
この場合、トランプを最大枚数使用するとレベルが高すぎるので、使用するトランプの枚数を減らすことで難易度調整が可能です。
保続に対しては、例えばあるルールに従い、途中でルールを変更しても新たなルールに従えるようにするような課題が行われます。
トランプを用いて、
・数字で分類する
・色で分類する
・形で分類する
などの課題をルール変更しながら、スイッチング(切り替え)が行えるようにアプローチしていきます。
これらの課題において、対象者に保続行動がみられた場合、
・動作を一旦やめさせる
・徒手または言語により誘導・修正
を行います。
思考の切り替えを促すように、ルールを確認したり、少し前の行動を振り返ってもらう、「次はどうするんでしたか?」などとスイッチングに必要なキューを提示していきます。
動作遂行がうまくいっている場合、賞賛やフィードバックも取り入れるようにします。
失語に対しては、例えば、
・トランプを1〜10まで順に並べてもらう
・1〜10のトランプの中で、セラピストが述べる数字のトランプを手にとってもらう
・トランプを色、形で数字の順に並べてもらう
などの課題が行われます。