目次

はじめに

本記事は、更衣動作に関する複数の研究・臨床知見をもとに、筆者の臨床視点で再構成したものです。個別の症状や練習方法は、主治医・作業療法士・理学療法士などの専門職に相談しながら進めてください。

脳卒中後のリハビリでは、歩行やトイレ動作に注目が集まりやすいです。もちろん、歩けることやトイレに行けることは、退院後の生活を考えるうえで大きな意味があります。

ただ、実際の生活に目を向けると、「着替え」もかなり大きな壁になります。

朝、パジャマから普段着に着替える。入浴後に下着や服を身につける。外出のために上着を羽織る。寒い時に服を重ねる。汗をかいたら着替える。人前に出るために身だしなみを整える。

どれも、健康な時にはあまり意識せずに行っていた動作です。
しかし、片麻痺があると、この「当たり前」が一気に難しくなります。

臨床でも、次のような場面はよくあります。

「麻痺側の腕が袖に入らない」
「袖が肘のところで止まってしまう」
「服の前後や表裏を間違える」
「麻痺側の肩まで服が上がっていないことに気づかない」
「ズボンを上げる時にふらつく」
「ボタンやファスナーが片手で扱えない」
「靴下を履こうとして前に倒れそうになる」
「朝の着替えだけで疲れてしまう」
「家族に手伝われるのが恥ずかしい」
「好きな服を着るのを諦めている」

ここで見落としてはいけないのは、更衣困難を「麻痺側の手が動かないから」とだけ考えないことです。

もちろん、上肢機能は大きく関わります。ですが、着替えには体幹の安定、下肢の動き、座位・立位バランス、感覚、注意、視空間認知、失行、遂行機能、意欲、服の形、椅子や収納の環境まで関係します。

つまり、更衣は「手のリハビリ」だけでは説明できないADLです。

だからこそ、更衣訓練では、ただ「腕を動かしましょう」「ボタンを練習しましょう」と進めるだけでは不十分です。

どの工程で止まっているのか。
それは運動麻痺によるものか、感覚低下によるものか、認知機能の影響か。
衣服そのものが難しすぎないか。
座る椅子や鏡の位置は合っているか。
家族がどこまで介助しているか。
本人は、どの服を着られるようになりたいのか。

ここまで見て、ようやく更衣動作のリハビリが生活に結びつきます。

この記事では、脳卒中後の更衣動作について、評価、介入、環境調整、家族支援、記録例まで整理します。患者さんやご家族にも伝わるように書きつつ、新人療法士が明日から評価や介入に使える内容を目指します。


この記事で伝えたいこと

更衣動作を考える時に、押さえておきたいポイントは次の7つです。

  1. 更衣を「上肢機能だけの課題」と考えない
  2. 上衣・下衣・靴下・靴・上着に分けて見る
  3. 失敗の種類を観察し、原因を推定する
  4. 身体機能だけでなく、高次脳機能・精神面・環境も見る
  5. 練習は、実際の衣服・姿勢・時間帯に近づける
  6. 回復を目指す練習と、生活を成立させる工夫を両方使う
  7. 更衣自立を「一人で全部できる」ではなく、「生活の中で安全に再現できる」と考える

更衣のゴールは、単に服を着られることではありません。
本人が自分らしい服を選び、清潔を保ち、外出や人との関わりを続けられること。その結果として、生活の中で少しずつ自信を取り戻していくことです。


1. 更衣動作は、生活の広がりに直結する

更衣は毎日行う動作です。だからこそ、できるかどうかが生活に与える影響は大きくなります。

たとえば、病棟では病衣やパジャマで過ごしている方でも、退院が近づくと「家では普段着に着替えられるか」「外来やデイサービスに行く服を着られるか」が問題になります。

服が乱れていると、人前に出ることが億劫になります。
着替えを手伝われる時には、羞恥心も出ます。
好きな服を着られないことが、本人の気持ちを沈ませることもあります。

更衣が難しくなると、次のような悪循環が起こりやすくなります。

困りごと生活への影響
着替えに時間がかかる朝の準備が負担になる
家族が先回りして手伝う本人が練習する機会が減る
服の失敗が続く外出や人前に出ることを避けやすくなる
立位でふらつく転倒リスクが高くなる
ボタンやファスナーが難しい着られる服が限られる
麻痺側を見落とす衣服の乱れや肩痛につながる
失敗体験が続く更衣への意欲が下がる

更衣動作を支援する目的は、ADL点数を上げることだけではありません。
本人の生活範囲、外出、自尊心、家族の介助負担に関わるからこそ、丁寧に評価したい動作です。


2. 更衣は「工程」に分けると見えやすくなる

更衣を「一部介助」「見守り」とだけ記録してしまうと、どこに問題があるのか分かりにくくなります。

実際には、着替えはいくつもの工程に分かれます。
上衣を着るだけでも、服を選び、前後を確認し、麻痺側の袖を探し、袖へ腕を通し、頭を通し、背中や肩の乱れを整え、必要に応じてボタンやファスナーを操作します。

下衣であれば、ズボンの前後確認、麻痺側の足入れ、座位での引き上げ、立位での腰までの引き上げ、ホックやベルト操作が加わります。

このように分けると、「更衣ができない」という表現だけでは不十分だと分かります。

上衣を着る時に見ること

工程観察するポイント
服を選ぶ季節や場面に合った服を選べるか
前後・表裏を確認するタグ、襟、柄を見て判断できるか
麻痺側の袖を探す袖口を見つけられるか
麻痺側の手を袖に入れる正しい袖に手が入るか
袖を肘より上まで上げる袖が肘で止まっていないか
頭を通す顔や頭で服が引っかからないか
非麻痺側を通す動作の途中で姿勢が崩れないか
肩・背中・裾を整える麻痺側肩や背中側の服の残りに気づけるか
ボタン・ファスナーを操作する巧緻性、注意、視認性に問題がないか

下衣を着る時に見ること

工程観察するポイント
ズボン・下着の前後を確認するタグや縫い目で判断できるか
麻痺側の足を通す足部が裾に引っかからないか
非麻痺側の足を通す座位が崩れないか
太ももまで上げる座位でどこまでできるか
立ち上がる足位置、支持物、立位バランス
腰まで上げる麻痺側の腰や臀部に衣服が残らないか
ホック・ファスナー・ベルトを操作する片手操作が可能か、服の難易度が高すぎないか

靴下・靴で見ること

工程観察するポイント
靴下の向きを確認するつま先・踵の位置が分かるか
履き口を広げる片手で扱えるか
つま先を入れる前屈で座位が崩れないか
踵まで引き上げる手指の力、体幹の安定性
靴を準備する取りやすい位置にあるか
足を入れる装具や麻痺側足部が引っかからないか
靴紐・面ファスナーを整える片手で可能か、道具が必要か

臨床では、「どの工程で失敗しているか」「なぜ失敗しているか」「どの工程なら本人ができるか」を分けて見るだけで、介入の方向性がかなり見えやすくなります。


3. 更衣評価で見たいポイント

更衣を評価する時は、身体機能だけに偏らないようにします。
以下のような視点で整理すると、新人療法士でも見落としを減らしやすくなります。

評価項目見るポイント臨床での意味
座位姿勢前屈・側方リーチ・回旋で崩れないか上衣・靴下・ズボン操作の土台
立位姿勢ズボン上げ中にふらつかないか下衣更衣の安全性
麻痺側上肢袖入れ、支え、引き上げ、ボタン操作に使えるか麻痺側参加の段階づけ
非麻痺側上肢片手操作、リーチ、巧緻性代償動作の実用性
体幹機能前屈・回旋・側方移動服を整える、靴下を履く
下肢機能足を通す、立つ、踏ん張るズボン・靴・装具
感覚袖の引っかかり、服のねじれに気づくか自己修正の可否
高次脳機能前後・左右・手順・見落とし更衣手順の安定性
精神面意欲、不安、失敗への反応継続性と自己効力感
衣服サイズ、素材、ボタン、ファスナー難易度調整
環境椅子、鏡、照明、収納、床再現性と安全性
介助方法家族の声かけ、手伝う工程過介助・危険放置の予防

「腕が動かないから更衣ができない」と単純化すると、本当の問題を見落とします。
実際には、椅子が低すぎる、服が細すぎる、鏡がない、家族が急かしてしまう、といった要因で難しくなっていることも少なくありません。


4. 更衣に関わる身体機能

上肢機能:麻痺側の手は「使える・使えない」だけで見ない

更衣では、肩、肘、手首、手指が連動します。

袖へ腕を入れる、肘を曲げて服を引く、布をつまむ、ボタンを留める、ファスナーを引く、ベルトを通す。
こうした動作には、上肢全体の動きと手指の細かい操作が関わります。

ただ、片麻痺の方を評価する時に、「麻痺側の手が使えないから、更衣では使わない」と決めつけるのは早いです。
麻痺側上肢には、段階に応じた参加の仕方があります。

段階麻痺側上肢の役割具体例
気づく麻痺側を確認する麻痺側の手を見る、袖に入っているか確認する
支える服や布を押さえる膝上で服を支える、ズボンの端を押さえる
固定する非麻痺側操作を助けるボタン操作時に布を固定する
引く布を少し動かす袖口、裾、ベルトを軽く引く
つまむ小さな対象を持つボタン、ファスナー、タグをつまむ
操作する実用的に使うボタンを留める、ファスナーを上げる

重度なら「見る」「支える」だけでも十分な参加です。
中等度なら「押さえる」「引く」が練習になります。
軽度なら「つまむ」「操作する」まで進められることがあります。

無理に難しい操作をさせると、失敗体験が増えます。
一方で、できる役割まで周囲が奪ってしまうと、生活の中で麻痺側を使う機会が減ってしまいます。

その人の今の能力で、成功しやすい役割を作る。
ここが、更衣を生活の中の上肢練習に変えるポイントです。

体幹機能:座っているだけでなく、作業中に崩れないかを見る

更衣では、体幹もよく使います。

上衣を着る時には、座位で体を前後左右に動かします。下衣を履く時には、前屈して足元へ手を伸ばします。背中側の服を直す時には体をひねります。靴下を履く時には、片側へ重心を移します。

座っているだけなら安定していても、服を取る、袖に腕を入れる、ズボンに足を通す場面で崩れる方はいます。
そのため、更衣で見るべきなのは静的座位だけではありません。

「座ったまま作業しても崩れないか」を見ます。

動作関わる体幹機能
シャツの袖を通す前方リーチ、座位保持
背中側の服を下げる体幹回旋、肩甲帯の動き
ズボンに足を通す前屈、骨盤の動き
靴下を履く前屈、側方リーチ、股関節可動域
立位でズボンを上げる立位バランス、体幹制御

座位が不安定な方に、いきなりボタンや靴下操作を求めても難しいことがあります。
まずは座位の安定、前方リーチ、側方への体重移動、体を戻す練習から考える方が現実的です。

下肢機能:下衣更衣では転倒リスクに直結する

下衣更衣では、下肢機能が大きく関わります。

股関節を曲げる。膝を曲げる。足を少し持ち上げる。麻痺側足部をズボンの裾へ通す。立ち上がる。立位で衣服を腰まで上げる。

特に注意したいのは、立位でズボンや下着を上げ下げする場面です。
この時は、片手で衣服を操作しながら立つため、支持が少なくなります。実際、ここでふらつく方は少なくありません。

そのため、下衣更衣では「立って全部やる」よりも、「座ってできる工程を増やす」方が安全なことがあります。

座位で足を通す。
座位で太ももまで上げる。
立位では腰まで上げるだけにする。
うまく上がらなければ、もう一度座って整える。

このように工程を分けるだけで、介助量や転倒リスクが変わることがあります。

感覚:服の引っかかりに気づけないことがある

感覚障害があると、更衣はさらに難しくなります。

麻痺側の腕が袖に入っているか分かりにくい。
袖が肘で止まっていることに気づかない。
ズボンが麻痺側の腰に残っていることに気づかない。
靴下の踵がずれていても分からない。

この場合、「見て確認する」「触って確認する」仕組みを作ります。

鏡を使う。服に色の目印をつける。タグを分かりやすくする。麻痺側を最後に確認する手順を決める。介助者が短く声をかける。

「感覚が悪いからできない」で止めるのではなく、本人が気づける方法を探すことが大事です。


5. 高次脳機能が更衣に与える影響

更衣は、かなり認知的な負荷が高いADLです。

服の形を理解する。前後を判断する。左右の袖を選ぶ。順番に実行する。途中で間違いに気づく。自分で修正する。

これらには、高次脳機能が関わります。

失行がある場合

失行とは、運動麻痺だけでは説明できない動作の組み立ての難しさです。

臨床では、袖ではない場所に腕を入れようとする、シャツの向きが分からない、同じ動作を繰り返す、途中で手順が止まる、といった場面があります。

この場合、「もっと腕を動かして」と声をかけても解決しにくいです。
服の置き方を毎回同じにする、工程を1つずつ提示する、不要な衣服を視界から外す、見本を見せる、写真付き手順表を使うなど、動作を組み立てやすい環境を作ります。

半側空間無視がある場合

半側空間無視があると、麻痺側の袖や肩、裾を見落とすことがあります。

麻痺側の袖に腕が入っていない。
麻痺側の肩まで服が上がっていない。
ズボンが麻痺側の腰に残る。
靴下が片方だけ履けていない。
服のしわやねじれに気づかない。

このような場面では、単に「左を見て」と言い続けても不十分なことがあります。

鏡を使う。袖口に色の目印をつける。最後に麻痺側を確認する手順を固定する。服を置く位置を工夫する。声かけを短く統一する。

特に大事なのは、「どの工程で見落とすのか」を具体的に観察することです。
袖入れで見落とすのか、最後の身だしなみ確認で見落とすのかで、支援方法は変わります。

視空間認知障害がある場合

視空間認知に問題があると、服の向きや穴の位置が分かりにくくなります。

頭を通す穴と袖を間違える。
シャツの前後を間違える。
ズボンの前後を間違える。
靴下の踵の向きが分からない。
服のねじれを直せない。

この場合、服の難易度を下げることも介入です。

前後が分かりやすい服にする。タグや色で目印をつける。服を置く向きを毎回同じにする。柄が複雑な服を避ける。練習初期は服の種類を絞る。

認知面の負荷を下げることで、動作そのものに集中しやすくなります。

注意障害・遂行機能障害がある場合

注意障害があると、袖を片方だけ通して止まる、ボタンをかけ違える、服の前後確認を飛ばす、周囲の音や会話で動作が止まる、といったことが起こります。

遂行機能障害があると、さらに全体の段取りが難しくなります。
どの服から着るか決められない。季節に合わない服を選ぶ。途中で手順が入れ替わる。朝の準備が終わらない。

この場合、更衣そのものだけでなく、準備から支援します。

テレビを消す。周囲の物を減らす。1回に1つだけ声をかける。服を着る順番に並べる。前日に服をセットする。選択肢を2つに絞る。写真付き手順表を使う。

「本人が分かっていない」のではなく、「分かりやすい環境になっていない」場合もあります。


6. 精神面も更衣に影響する

更衣が難しいことは、本人にとって大きなストレスです。

以前は当たり前にできていた。
好きな服を着られない。
家族に手伝われるのが恥ずかしい。
時間がかかって申し訳ない。
失敗すると情けない。
外出が面倒になる。

こうした気持ちは、更衣練習の継続にも影響します。

意欲が低い方に、いきなり難しい課題を設定すると、失敗体験が増えます。最初は小さな目標で構いません。

麻痺側の袖を見る。袖口を広げる。袖を肘まで上げる。ボタンを1つだけ留める。ズボンを太ももまで上げる。鏡で麻痺側肩を確認する。

こうした小さな成功を積む方が、結果的に継続しやすくなります。

また、立位でズボンを上げる場面では、転倒不安が強く出る方もいます。
不安が強い時に「大丈夫だからやってみましょう」と押すだけでは、動作が余計に硬くなることがあります。

座位でできる工程を増やす。手すりや椅子を使う。家族が近くで見守る。朝ではなく、余裕のある時間に練習する。

不安を減らす工夫も、更衣訓練の一部です。

そして、更衣は身だしなみと関係します。
本人が着たい服を確認すること、介助される時にどこが恥ずかしいか聞くこと、できる工程は本人に任せること。こうした配慮が、自尊心を守る支援になります。


7. 基本手順は「着患脱健」

片麻痺の更衣では、一般的に、着る時は麻痺側から、脱ぐ時は非麻痺側から行うと進めやすいことが多いです。

覚え方は、着患脱健です。

着る時に麻痺側から通すのは、麻痺側を後から袖や裾に入れようとすると難しくなりやすいからです。先に麻痺側を通しておくと、非麻痺側の手で衣服を調整しやすくなります。

一方、脱ぐ時は、動かしやすい非麻痺側から抜くことで、最後に麻痺側を服から外しやすくなります。

ただし、これは絶対ルールではありません。
肩痛、拘縮、失行、半側空間無視、服の形、介助方法によっては、別の方法が合うこともあります。

「原則は知っておく。でも目の前の患者さんに合わせて調整する」
これが臨床的には一番安全です。


8. 所見別の介入早見表

観察所見から介入へつなげやすいように、よくある場面を整理します。

観察所見考えやすい原因介入の方向性
麻痺側の袖を見つけられない視空間認知障害、半側空間無視、注意障害服の置き方を固定、袖口に色目印、鏡使用、短い声かけ
麻痺側の手を正しい袖に通せない失行、視空間認知障害、感覚低下袖口を広げる、手順を1工程ずつ提示、介助位置を統一
袖が肘で止まる麻痺側上肢操作困難、感覚低下、手順理解不足袖を肘上まで上げる工程だけ反復、滑りやすい衣服を使用
頭を通した後に服がねじれる体幹回旋不足、感覚障害、自己確認不足鏡確認、背中側を下げる練習、衣服素材変更
麻痺側肩まで服が上がらない半側空間無視、感覚低下、肩周囲の可動性低下鏡、触覚入力、肩部確認の手順化
ズボンを立位で上げる時にふらつく立位バランス低下、下肢支持性低下、片手操作困難座位で太ももまで上げる、立位工程短縮、手すり使用
麻痺側の腰にズボンが残る感覚低下、半側空間無視、体幹回旋不足鏡で確認、麻痺側腰を最後に触って確認、衣服変更
ボタンをかけ違える注意障害、視空間認知障害、手指巧緻性低下大きいボタン、下から順に留める、ボタンエイド、面ファスナー
ファスナーがつまめない手指巧緻性低下、感覚低下リング付きファスナー、太い引き手、片手固定練習
着替えを始められない遂行機能低下、意欲低下、手順不明服を順番に並べる、写真手順表、小目標化、声かけ統一
途中で手順が止まる注意障害、遂行機能障害、疲労1工程ずつ提示、環境刺激を減らす、休憩を挟む
失敗すると強く落ち込む自己効力感低下、不安、抑うつ傾向成功しやすい工程から開始、記録で変化を見せる、家族の声かけ調整

この表は、あくまで臨床推論の入口です。
実際には、身体機能・認知機能・環境が重なっていることが多いため、一つの原因に決めつけないようにします。


9. 上衣更衣への具体的な介入

かぶり服

Tシャツやトレーナーでは、麻痺側袖入れ、頭通し、裾直しが主な課題になります。

基本的な流れは、安定した椅子に座り、服の前後を確認し、麻痺側の袖口を探すところから始めます。
麻痺側上肢を袖へ入れたら、袖を肘より上まで引き上げます。その後、頭を通し、非麻痺側を通して、最後に裾と肩を整えます。

ここでよく引っかかるのが、麻痺側の袖が肘より下で止まっている状態です。
このまま頭を通そうとすると、途中で服が引っかかり、本人も「何が悪いのか分からない」まま動作が止まることがあります。

そのため、かぶり服では「麻痺側の袖を肘より上まで上げる」工程だけを取り出して練習することがあります。

前開きシャツ

前開きシャツでは、袖通しに加えてボタン操作が課題になります。

まずシャツを膝の上、または机の上に広げます。麻痺側の袖を確認し、麻痺側上肢を先に通します。袖を肘上まで引き上げたら、衣服を背中へ回し、非麻痺側上肢を通します。最後に肩と背中を整え、必要に応じてボタンを留めます。

ボタンが難しい場合、すべて留める必要はありません。

大きめのボタンにする。
ボタンエイドを使う。
面ファスナーへ変更する。
首元のボタンは留めない。
外出時だけ介助する。

このように、目的に応じて方法を変えます。

「シャツを着る」ことが目標なのか、「すべてのボタンを自力で留める」ことが目標なのかで、介入の優先順位は変わります。

上着

上着は、思っている以上に難易度が高いです。

厚みがある。重い。袖が長い。背中へ回す必要がある。冬は中に着ている服の枚数も多い。

最初から厚いコートで練習すると、失敗体験になりやすいです。
まずは軽いカーディガンや薄手の上着から始め、袖口が広く滑りやすい素材を選ぶと練習しやすくなります。

麻痺側肩に痛みがある方では、袖通しの時に腕を強く引っ張らないことも大切です。


10. 下衣更衣への具体的な介入

下衣更衣では、安全性を最優先に考えます。

特にズボンや下着は、立って全部操作しようとすると危険です。
片手で衣服を操作しながら立つため、ふらつきやすくなります。

基本は、座位でできる工程を増やすことです。

座って足を通す。
座って太ももまで上げる。
立位では腰まで上げるだけにする。
うまく上がらなければ、もう一度座って整える。

ズボンを履く時の流れ

安定した椅子に座り、ズボンの前後を確認します。
麻痺側の足から通し、次に非麻痺側の足を通します。座ったまま膝から太ももまで上げ、手すりや安定した支持物を持って立ちます。立位では腰まで引き上げ、麻痺側の腰や臀部に衣服が残っていないか確認します。

この時、立位で粘りすぎないことが大切です。
途中でうまく上がらない場合は、もう一度座って整える方が安全です。

ベルト・ホック・ファスナー

ベルト、ホック、硬いボタンは、更衣の難易度を一気に上げます。

更衣自立を優先するなら、服そのものを変えることも選択肢です。
ゴムウエスト、面ファスナー、リング付きファスナー、大きめのつまみ、伸縮性のある素材、ベルトなしで履けるズボンなどです。

服を変えることは、能力を下げることではありません。
生活を成立させるための合理的な調整です。


11. 靴下・靴・装具への介入

靴下や靴は、外出や転倒リスクに関わる工程です。

靴下では、足元へ手を伸ばす必要があります。座位バランスが不安定な方では、前屈した時に前へ倒れそうになることがあります。

履き口が広い靴下にする。短めの靴下にする。滑りやすい素材にする。ソックスエイドを使う。背もたれ付きの椅子で行う。足を台に乗せる。前屈しすぎない。

こうした工夫で、かなり楽になることがあります。

靴については、「履きやすい」だけで選ばない方がよいです。
歩行安全性にも関わるからです。

長柄靴べら、面ファスナー靴、ゴム紐、踵が安定する靴、装具が入る靴などを検討します。
一方で、脱げやすいスリッポンは、歩行時に危険になることがあります。

「履きやすい」と「歩きやすい」は同じではありません。
装具を使用している方は、靴の幅、深さ、踵の安定性まで確認します。


12. 衣服選びと衣服改造

更衣訓練では、服選びがかなり大きな意味を持ちます。
同じ身体機能でも、服が変わるだけで介助量が変わることはよくあります。

着やすい服

特徴理由
伸縮性がある袖や裾を通しやすい
軽い疲労が少ない
袖口が広い麻痺側上肢を入れやすい
首元が広い頭を通しやすい
前後が分かりやすい認知負荷が下がる
ボタンが大きい巧緻性低下でも扱いやすい
ファスナーにリングがある片手で引きやすい
ウエストがゴム下衣操作が簡単になる
少しゆとりがある引っかかりにくい

難しくなりやすい服

特徴難しくなる理由
細身の服袖や裾が引っかかりやすい
硬い素材片手で扱いにくい
小さいボタン巧緻性が必要
固いホック片手操作が難しい
細いファスナーつまみにくい
ベルトが必要工程が増える
重い上着麻痺側肩に負担がかかる
前後が分かりにくい服認知的負荷が高い

服は、身体に合わせてよいです。
ボタンを大きくする、面ファスナーにする、ファスナーにリングをつける、タグや色で前後を分かりやすくする、袖口を広げる、ウエストをゴムにする。

「身体を服に合わせる」だけでなく、「服を身体に合わせる」。
この視点があるだけで、更衣支援の幅は広がります。


13. 更衣環境を整える

環境が合っていないと、本人の能力があっても更衣は難しくなります。

更衣には、安定した椅子があると安心です。
背もたれがあり、座面が滑らず、高さが合っていて、足底が床につく椅子が使いやすいです。必要に応じて肘掛けがあると、立ち上がりが安定することもあります。

逆に、柔らかすぎるソファや低すぎるベッドは、更衣には不向きな場合があります。体が沈み込み、立ち上がりにくく、前屈した時に戻りにくいからです。

鏡もよく使います。

麻痺側の袖が入っているか。肩まで服が上がっているか。背中側がねじれていないか。ズボンが麻痺側腰に残っていないか。ボタンがずれていないか。

感覚障害や半側空間無視がある方では、鏡が有効な手がかりになることがあります。

収納も更衣支援の一部です。
服が高い場所にある、奥に入っている、種類が多すぎる、引き出しが重い。これだけで、着替えの負担は増えます。

よく使う服は手の届く高さに置く。服は着る順番に並べる。引き出しは軽く開くものにする。前日に服を準備する。

「服を探す工程」を減らすだけで、更衣がかなり楽になる方もいます。

照明と床も確認します。
照明が暗いと、服の前後やボタンが見えにくくなります。床が滑ると、立位でズボンを上げる場面が危険になります。

更衣場所では、床の物を片づけ、滑りやすいマットを避け、十分な明るさを確保します。


14. 本人と一緒に「どこで引っかかるか」を見つける

更衣練習では、療法士や家族が一方的に正しい方法を教えるだけでは不十分です。

本人が「どこで引っかかっているのか」「どの方法ならやりやすいのか」に気づけることも大事です。

たとえば、ポロシャツを着る時に失敗する場合、単に「もっと腕を入れて」と言っても、本人には何を変えればよいのか分かりません。

麻痺側の袖口を見つけるところで止まったのか。
麻痺側の手を正しい袖に入れられなかったのか。
袖が肘より下で止まったのか。
頭を通した後に背中側が引っかかったのか。
麻痺側の肩まで服が上がっていないことに気づかなかったのか。

どこで止まったかによって、練習内容は変わります。

本人が失敗の理由に気づけると、次に同じ場面で自分で修正しやすくなります。
更衣練習では、「できた・できない」だけでなく、「なぜ引っかかったか」「次はどう変えるか」まで一緒に確認すると、生活場面につながりやすくなります。


15. 家族・介助者の関わり方

家族は、更衣支援で大きな役割を持ちます。
ただし、全部を手伝えばよいわけではありません。

本人ができる工程まで介助すると、練習機会が減ります。
一方で、危険な工程を無理に本人だけで行わせると、転倒や肩痛につながります。

たとえば、袖に腕を入れるところは本人ができる。ボタンだけ難しい。ズボンを太ももまで上げるところはできる。立位で腰まで上げるところだけ危ない。

このように、工程ごとに分けて考えます。

声かけは短く、具体的にします。

「麻痺側の袖を見て」
「肘まで上げて」
「一度止まって」
「座ってから直そう」
「ボタンは下から」
「鏡で左肩を見て」

長い説明は、かえって混乱しやすいです。

また、更衣は時間がかかります。
急がせるとミスが増えます。

朝に時間がないなら、夜に練習する。外出日は介助を増やす。普段の日に少しずつ練習する。

生活の中で無理なく続ける工夫が必要です。

そして、袖を通す時や上着を着せる時に、麻痺側の腕を強く引っ張るのは避けます。肩の痛みや亜脱臼につながる可能性があります。麻痺側上肢は、肩甲帯、上腕、前腕を支えながら、無理のない範囲で動かします。

痛みがある場合は、必ず専門職に方法を確認してください。


16. 更衣練習の中止・注意基準

更衣は生活動作ですが、練習として行う場合には安全管理が必要です。

状況対応
肩の痛みが出る麻痺側上肢を無理に引かない。専門職に相談
立位で強くふらつく座位中心へ変更。手すり・見守りを検討
めまい・冷汗・息切れがある練習を中止し、医療職へ相談
入浴後や疲労時に動作が乱れるその時間帯は介助量を増やす
麻痺側の腕が服に引っかかる袖通し方法、服の素材、介助位置を見直す
着替え後に肩や腰が痛む代償動作や無理な姿勢を再評価
本人が強く落ち込む課題を小さくし、成功しやすい工程へ戻す
失行や無視で安全に進められない見守り・手順表・環境調整を優先

更衣練習は、頑張ればよいものではありません。
痛みや転倒リスクがある場合は、練習量ではなく方法を変えます。


17. 更衣練習を生活に組み込む

更衣は毎日あるため、リハビリにしやすい動作です。
ただし、毎回すべてを練習にすると、本人も家族も疲れてしまいます。

朝は忙しいため、難しい練習には向かないことがあります。夜のパジャマ更衣なら時間を取りやすい方もいます。入浴後は疲れているため、練習量を減らした方がよい場合もあります。

練習する時間を決めるだけでも、継続しやすくなります。

また、全部を練習しなくても構いません。

今週は麻痺側袖入れ。
次は肘上まで袖を上げる。
次はズボンを太ももまで上げる。
次はボタンを1つ留める。
次は鏡で麻痺側肩を確認する。

このように、小さい目標にします。

記録も役立ちます。

記録項目
かかった時間上衣5分、下衣7分
自分でできた工程袖通し、頭通し、ズボン太ももまで
介助した工程ボタン、立位でのズボン上げ
失敗した工程麻痺側肩の服の残り
疲労終了後に疲労感あり
痛み肩痛なし/袖通し時に軽度痛み
服の種類Tシャツは可、前開きシャツは介助

改善が見えると、本人も家族も続けやすくなります。


18. 更衣自立の判断基準

更衣自立は、「一度できた」だけでは判断しません。
生活の中で再現できるかを見ます。

自立に近づけやすい状態

座位が安定している。手順を理解している。麻痺側を見落とさない。服の前後を確認できる。上衣の袖通しが安定している。下衣を座位で安全に扱える。立位でのズボン上げが短時間でできる。服のねじれに気づける。必要時に助けを求められる。疲労時の対応が決まっている。

こうした条件がそろってくると、自立や条件付き自立を検討しやすくなります。

見守りを続けたい状態

座位で前方へ倒れそうになる。立位でズボン操作中にふらつく。麻痺側袖を毎回見落とす。服の向きを判断できない。ボタンのかけ違いに気づかない。手順が途中で止まる。肩の痛みがある。失敗すると焦って動作が荒くなる。

この場合は、無理に自立へ進めるより、どの工程で見守りが必要かを明確にします。

介助を検討すべき状態

立位保持が不安定。転倒リスクが高い。肩を引っ張る方法になっている。強い失行や無視があり、安全に進められない。疲労が強く生活全体に影響している。更衣への不安が強く、練習が苦痛になっている。

更衣の自立、見守り、介助は固定ではありません。
朝、夜、入浴後、外出前、体調不良時で変えてよいです。


19. 臨床記録の書き方

更衣記録では、抽象的な表現を避けます。

たとえば、

更衣一部介助。麻痺側上肢の使用困難あり。

これでは、どこを介入すればよいか分かりません。

上衣の記録例

上衣着衣では、麻痺側袖口の同定に時間を要する。非麻痺側手で袖口を広げれば麻痺側手を袖に通すことは可能だが、袖が肘下で止まりやすく、頭通し時に引っかかる。鏡使用により麻痺側肩部の衣服の残りには気づける。次回は、袖口を広げる準備、肘上まで袖を引き上げる工程、鏡での確認を反復する。

下衣の記録例

下衣更衣では、座位で麻痺側下肢をズボンへ通す際に足部が裾に引っかかる。非麻痺側手で裾を広げると通しやすい。立位で腰まで上げる場面では体幹が非麻痺側へ傾き、左腰部に衣服が残るが、鏡と触覚確認により修正可能。立位工程を短縮するため、座位で太ももまで上げる手順を固定する。

高次脳機能面の記録例

更衣開始時に服の前後確認が不十分で、袖ではなく襟部へ麻痺側手を入れようとする場面あり。口頭指示のみでは修正に時間を要するが、服を机上に一定方向で配置し、袖口に色目印をつけると正しい袖を選択可能。今後は服の置き方を固定し、視覚的手がかりを用いて手順の安定化を図る。

記録には、どの工程で困っているか、何が原因と考えられるか、何を使えば修正できるか、次に何を練習するか、介助量を減らす条件は何かを入れると、次の介入につながります。

更衣記録は、介助量の記録だけではなく、介入設計の材料です。


20. まとめ

脳卒中後の更衣動作は、上肢機能だけでは説明できません。

上肢、体幹、下肢、座位・立位バランス、感覚、注意、視空間認知、失行、遂行機能、精神面、環境、衣服の形状。これらが重なって、更衣のしやすさが決まります。

更衣訓練では、次の視点が役立ちます。

  • 更衣を工程に分けて評価する
  • 失敗の種類を観察する
  • 身体機能と高次脳機能を両方見る
  • 麻痺側上肢の参加方法を段階づける
  • 座位でできる工程を増やす
  • 立位での下衣操作は短く安全にする
  • 衣服を本人の能力に合わせる
  • 椅子、鏡、収納、照明を整える
  • 家族は全部を介助せず、危険な工程だけ支える
  • 実際の生活場面で再現できるように練習する

更衣自立とは、何も使わずに完璧に着替えることではありません。

着やすい服を選んでもよい。
ボタンを変えてもよい。
面ファスナーを使ってもよい。
椅子に座って行ってもよい。
鏡や手順表を使ってもよい。
家族が一部だけ手伝ってもよい。

本人が安全に、自分らしく、生活の中で着替えを続けられること。
そこを目指して、更衣動作を評価し、練習し、環境を整えていくことが大切です。

更衣は毎日繰り返される生活動作です。
だからこそ、うまく設計すれば、麻痺側の手を生活に戻し、本人の自信と生活範囲を広げるための大きなリハビリになります。


参考文献

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