片麻痺者の杖歩行をどう評価するか-臨床での適応判断・杖種選択・転倒予防のために必要なこと-

目次

はじめに

片麻痺者の杖歩行を指導する時、最初に教える内容は比較的シンプルです。

杖は原則として健側上肢で持つ。
平地では、杖、患側下肢、健側下肢の順番で歩く。
階段では、上りは健側から、下りは患側から進む。
杖の高さは、手首のしわ付近を目安にする。

これらは、片麻痺者の杖歩行指導における基本です。

しかし、臨床ではここで止まると不十分です。

なぜなら、手順が合っていても転倒リスクが残る場面があるからです。

病棟の直線廊下では安定して歩ける。
しかし、トイレ前の方向転換でふらつく。
リハビリ室では杖の順番を守れる。
しかし、夜間に急いでトイレへ行くと順番が崩れる。
平地では自立している。
しかし、自宅の敷居や玄関段差で足部が引っかかる。
四点杖では安定して見える。
しかし、狭い廊下では杖が邪魔になり、かえって動作がぎこちなくなる。

このような場面は、臨床ではよく起こります。

つまり、専門職が見るべきなのは、杖歩行の「手順」だけではありません。

杖が本当にその人に合っているのか。
杖を使うことで安全性が高まっているのか。
歩行器の方が適していないか。
装具との組み合わせは適切か。
病棟内自立を出してよい条件はそろっているか。
夜間やトイレ動作まで含めて再現できるか。
家族が同じ介助を再現できるか。
自宅環境で杖が使えるか。

ここまで評価して初めて、杖歩行は「生活で使える移動手段」になります。

本記事では、片麻痺者の杖歩行について、エビデンスを土台にしながら、臨床で見落としやすい場面、適応判断、杖種選択、装具併用、自立判断、家族指導、記録例まで整理します。

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この記事で扱う内容

この記事では、以下を扱います。

・片麻痺者における杖歩行の臨床的位置づけ
・杖歩行は何を補助しているのか
・杖歩行の適応と非適応
・杖を健側で持つ理由と例外
・杖の高さ調整と観察ポイント
・一本杖、四点杖、歩行器の選択
・3動作歩行と2動作歩行の使い分け
・装具、AFO、FESとの併用
・麻痺側下肢、体幹、高次脳機能の評価
・方向転換、段差、階段、屋外歩行の評価
・病棟内歩行自立の判断
・家族指導と介助方法
・臨床でよくある落とし穴
・記録例
・参考文献

1. 片麻痺者における杖歩行の臨床的位置づけ

杖は、歩行能力を直接治す道具ではありません。

杖は、歩行を成立させるための補助具です。

この違いは重要です。

杖を使うことで、支持基底面が広がり、麻痺側下肢への荷重や不安定性を補いやすくなります。結果として、移動範囲が広がったり、歩行への不安が軽減したり、早期から立位・歩行経験を増やせたりします。

一方で、杖を使ったからといって、麻痺側下肢の分離運動、足部クリアランス、膝制御、推進力、左右対称性が自動的に改善するわけではありません。

むしろ、杖の使い方によっては、過剰な杖依存、健側優位の歩行、麻痺側荷重の回避、体幹側屈、歩幅の左右差を助長することもあります。

したがって、杖歩行を評価する時は、次の2つを分けて考える必要があります。

1つ目は、杖によって安全な移動が成立しているか。
2つ目は、杖を使った歩行がリハビリ目標として適切か。

たとえば、退院直前で生活上の安全な移動を優先する時には、杖による安定性を重視してよい場面があります。

一方で、回復期の早い段階で麻痺側下肢の荷重や推進力を再学習したい時には、杖への依存が強すぎないかを見直す必要があります。

杖は、移動を補う道具であり、同時に歩行学習に影響する道具です。
この両面を持っていることを理解しておく必要があります。

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2. 杖歩行は何を補っているのか

片麻痺者における杖の主な役割は、次の4つです。

1つ目は、支持基底面を広げることです。
両足だけで支えるより、杖を床につくことで支持点が増えます。立位や歩行時の安定性を補いやすくなります。

2つ目は、麻痺側下肢への荷重を調整することです。
麻痺側下肢の支持性が不十分な場合、杖によって一部の負担を補うことができます。

3つ目は、歩行リズムを作ることです。
3動作歩行では、杖、患側、健側という明確な順番があるため、歩行手順を構造化しやすくなります。

4つ目は、心理的な安心感です。
杖があることで「歩けそう」「倒れても支えられそう」という感覚が生まれ、歩行への恐怖が軽減することがあります。

ただし、杖が補うものは、患者によって異なります。

ある患者では、杖は膝折れへの不安を補う道具です。
別の患者では、足部の引っかかりに対する安全確認の道具です。
また別の患者では、屋外歩行への心理的支えです。

そのため、専門職は「杖を使っている」だけでなく、何を補うために杖を使っているのかを明確にする必要があります。

3. 杖歩行の適応をどう判断するか

杖歩行の適応を考える時は、「杖を持てるか」ではなく、「杖を使うことで安全な移動が成立するか」を見ます。

杖歩行を検討しやすい状態としては、以下が挙げられます。

・麻痺側下肢に一定の支持性がある
・立位保持がある程度安定している
・杖操作を理解できる
・杖を持つ健側上肢に十分な操作性がある
・麻痺側足部の引っかかりが装具や靴で補える
・歩行中に過度な注意散漫がない
・方向転換で大きく崩れない
・疲労時の歩行変化が予測できる
・必要時に助けを求められる

一方で、杖歩行を慎重に判断すべき状態もあります。

・麻痺側膝折れが頻回にある
・足部クリアランスが著しく不安定
・立位で後方または麻痺側へ大きく崩れる
・杖を遠くにつきすぎて制御できない
・半側空間無視で杖や麻痺側下肢を見落とす
・失行により杖操作の手順が安定しない
・注意障害により環境変化で歩行が崩れる
・夜間や疲労時に急に不安定になる
・転倒歴があるが本人の危険認識が乏しい
・健側上肢に痛みや握力低下がある

このような場合、一本杖での歩行にこだわるより、四点杖、歩行器、装具、手すり、介助歩行、環境調整を組み合わせた方が安全です。

杖歩行の適応判断は、「歩けるか」ではなく、「どの条件なら安全に歩けるか」で考えます。

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4. 杖は健側で持つのが原則だが、例外もある

片麻痺者では、原則として杖は健側上肢で持ちます。

右片麻痺であれば左手、左片麻痺であれば右手に持つことが多いです。

これは、麻痺側下肢を出す時に反対側の杖で支持しやすく、歩行時の自然な対側性にも合いやすいためです。

ただし、臨床では例外があります。

健側肩や手関節に痛みがある場合。
健側上肢の握力が低い場合。
認知機能低下により杖操作が安定しない場合。
失行により杖と足の順番が混乱する場合。
半側空間無視により杖先や麻痺側下肢を見落とす場合。
麻痺側下肢よりも体幹失調や全身性のバランス低下が主体の場合。

このような場合は、杖の持ち手だけで解決しようとしない方がよいです。

歩行器にする。
四点杖にする。
手すり環境を整える。
介助歩行にする。
装具を併用する。
病棟内は見守り、リハビリ場面のみ杖歩行練習にする。

このような選択肢を考えます。

5. 杖の高さ調整は「手首のしわ」だけで終わらせない

杖の高さは、一般的には立位で持ち手が手首のしわ付近にくる高さが目安です。杖を持った時に肘が軽く曲がる程度が使いやすいとされます。

ただし、臨床ではこの目安だけで終わらせません。

実際に歩かせて、以下を確認します。

・肩がすくんでいないか
・体幹が杖側へ側屈していないか
・杖を前方へ出しすぎていないか
・杖をつく時に肘が伸びきっていないか
・杖に体重を乗せようとして前傾が強くなっていないか
・杖の高さにより歩幅が狭くなっていないか
・手関節や肩に痛みが出ていないか
・屋内靴、屋外靴、装具装着時で高さが合っているか

よくあるのは、測定上は合っているが、実際に歩くと杖が遠くなるケースです。

この場合、高さだけでなく、杖先の位置、歩幅、体幹の使い方、恐怖心、麻痺側下肢の支持性を見直します。

杖の高さは、測定値ではなく、歩行中の使われ方で判断します。

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6. 杖の種類は安定性だけで選ばない

片麻痺者に用いられる歩行補助具には、T字杖、四点杖、多点杖、ロフストランド杖、歩行器などがあります。

杖種を選ぶ時にありがちな誤解は、安定性が高い道具ほどよいと考えることです。

四点杖は、一本杖より支持面が広く、立位不安定な患者では安心感を得やすい場合があります。

しかし、四点杖は重く、取り回しが難しく、歩行速度が低下しやすいことがあります。狭い廊下やトイレ内では、杖先が邪魔になることもあります。杖先の4点が床に均等につかない場合、かえって不安定になります。

一方、T字杖は軽く、操作性がよく、歩行リズムを作りやすい利点があります。ただし、支持性は四点杖より低いため、立位バランスが不安定な患者では不安が残ることがあります。

歩行器は支持性が高い一方で、狭い自宅環境では使いにくい場合があります。玄関、トイレ、廊下幅、段差との相性も重要です。

杖種選択では、以下を見ます。

・支持性
・操作性
・重さ
・歩行速度
・方向転換のしやすさ
・屋内環境との相性
・屋外環境との相性
・本人の受け入れ
・家族が管理できるか
・装具や靴との相性

専門職は、「この患者にはどの杖が安全か」だけでなく、「どの杖なら生活で使い続けられるか」まで考える必要があります。

7. 3動作歩行と2動作歩行の使い分け

片麻痺者の杖歩行では、3動作歩行と2動作歩行がよく用いられます。

3動作歩行は、杖、患側下肢、健側下肢の順番で進みます。

安全性を確認しやすく、初期の杖歩行練習や不安が強い患者、バランスが不安定な患者に使いやすい方法です。

一方で、歩行速度は落ちやすく、動作が分断されやすいです。生活場面では、時間がかかりすぎる、リズムが作りにくいという問題もあります。

2動作歩行は、杖と患側下肢をほぼ同時に出し、その後に健側下肢を出します。歩行リズムはスムーズになりやすく、速度も上がりやすいです。

ただし、杖と患側下肢のタイミングが合わないと不安定になります。注意が逸れた時、疲労時、方向転換時、屋外では崩れやすい場合があります。

臨床では、以下のように使い分けます。

状態・場面選択しやすい歩行パターン
初期練習、バランス不安あり3動作歩行
疲労時、夜間、屋外の不安定環境3動作歩行
平地で安定、リズム良好2動作歩行
歩行速度を上げたい段階2動作歩行
注意障害がありタイミングが崩れる3動作歩行または見守り
狭い場所や方向転換が多い場面により3動作へ戻す

重要なのは、3動作から2動作へ移行することが必ずしもゴールではないという点です。

病棟内平地では2動作。
トイレ前では3動作。
屋外では3動作。
リハビリ場面では2動作練習。

このように、環境によって歩行パターンを使い分ける方が実用的な場合があります。

8. 装具・AFO・FESとの併用をどう考えるか

片麻痺者の杖歩行を考える時、杖だけを見てはいけません。

足部クリアランス、膝折れ、反張膝、足関節内反、尖足、荷重時の不安定性がある場合、AFOなどの装具が必要になることがあります。

AFOは、下垂足によるつま先の引っかかり、足関節の不安定性、立脚期の支持性低下に対して使用されます。患者によっては、杖よりも装具調整の方が歩行安定性に大きく影響することがあります。

また、FESは足関節背屈を補助する選択肢として検討される場合があります。全例に適応するものではありませんが、選択された患者では歩行時の足部クリアランス改善に役立つことがあります。

臨床では、以下の組み合わせで考えます。

・T字杖のみ
・四点杖のみ
・T字杖とAFO
・四点杖とAFO
・歩行器とAFO
・杖とFES
・屋内は手すり中心、屋外は杖と装具
・病棟内は杖、夜間は見守り

「杖か装具か」ではなく、「杖と装具をどう組み合わせるか」で考える方が臨床的です。

9. 麻痺側下肢で必ず見るポイント

杖歩行の安全性は、杖操作だけでは決まりません。

麻痺側下肢の状態が大きく影響します。

特に見るべきなのは、以下です。

・立脚期の膝折れ
・反張膝
・足部クリアランス低下
・内反・尖足
・接地位置のばらつき
・麻痺側荷重の逃避
・骨盤の引き上げ
・分回し
・股関節外旋
・足部の感覚低下
・疲労による歩容変化

たとえば、直線歩行では足部クリアランスが保てていても、方向転換や疲労時にはつま先が引っかかることがあります。

膝折れがないように見えても、健側ステップを大きくした瞬間に麻痺側膝が抜けることがあります。

反張膝が強い患者では、杖歩行により安定して見えても、長期的には膝関節への負担や歩行効率低下を考える必要があります。

杖歩行評価では、杖ではなく麻痺側下肢を見る時間を十分に取るべきです。

10. 体幹・バランス・高次脳機能の評価

杖歩行は、下肢機能だけでなく体幹と認知機能にも左右されます。

体幹機能では、以下を確認します。

・立位で体幹が麻痺側へ崩れないか
・杖側へ過剰に側屈していないか
・方向転換で体幹だけ先に回っていないか
・歩行中に前傾が強くならないか
・疲労時に姿勢が崩れないか

高次脳機能では、以下が重要です。

・半側空間無視
・注意障害
・失行
・視野障害
・遂行機能低下
・危険認識低下
・二重課題での不安定性

特に半側空間無視がある場合、麻痺側下肢や杖先、周囲の障害物を見落としやすくなります。

注意障害がある患者では、リハビリ室では歩けても、病棟で声をかけられた時、周囲が騒がしい時、トイレへ急ぐ時に歩行が崩れることがあります。

歩行は、脚力だけで成立しません。
注意を向け、順番を守り、環境を判断し、危険を予測する認知的課題でもあります。

11. 評価指標はどう使うか

専門職向けでは、「杖歩行可能」と書くだけでは不十分です。

歩行能力や転倒リスクを共有するためには、評価指標を組み合わせます。

評価指標見る内容杖歩行での使い方
FAC歩行時の介助量・監視の必要性自立度の大枠を共有
10m歩行歩行速度病棟・屋外歩行の実用性を判断
TUG立ち上がり、歩行、方向転換、着座方向転換や移動能力の確認
6分間歩行持久性屋外歩行や生活範囲の検討
BBS静的・動的バランス立位バランスの基礎評価
Mini-BESTest予測的姿勢制御、反応性、感覚統合、歩行安定性転倒リスクや動的バランスの評価
FGA/DGI歩行中の方向転換、速度変化、障害物屋外歩行に近い能力の評価

ただし、指標だけで自立判断を決めてはいけません。

たとえば、TUGが良好でも、夜間トイレでは危ないことがあります。
10m歩行が速くても、段差でつまずくことがあります。
BBSが一定以上でも、半側空間無視や注意障害があれば病棟内自立は慎重に判断します。

評価指標は、臨床判断を補助する道具です。
最終的には、実際の生活場面でどう歩くかを見ます。

12. 臨床でよくある杖歩行の落とし穴

杖歩行では、手順を説明するだけでは見えない落とし穴があります。

落とし穴1:直線歩行だけで自立判断してしまう

病棟廊下をまっすぐ20m歩けるからといって、自立とは限りません。

実際には、危ないのは直線歩行ではなく、方向転換、トイレ前、ベッド周囲、玄関、夜間です。

特にトイレ動作では、歩行、方向転換、下衣操作、立位保持、焦りが重なります。

落とし穴2:四点杖なら安全と思い込む

四点杖は安定感がありますが、すべての患者に適しているわけではありません。

狭い廊下やトイレ内では、杖先が引っかかることがあります。持ち上げて置き直す操作が不安定な患者では、かえって歩行がぎこちなくなる場合もあります。

落とし穴3:夜間トイレを見ていない

日中は安定して歩けても、夜間は条件が変わります。

眠気、暗さ、急ぎ、血圧変動、トイレ動作、装具未装着が重なります。

夜間トイレの条件を想定せずに歩行自立を出すと、退院後の転倒リスクを見落とす可能性があります。

落とし穴4:装具と靴の条件が統一されていない

リハビリ室では装具と靴を履いている。
病棟ではスリッパで歩いている。
自宅では裸足やサンダルになる。

このように条件が変わると、歩行能力も変わります。

杖歩行自立を判断する時は、装具、靴、杖、歩行環境をそろえて評価します。

落とし穴5:家族の介助方法を確認していない

病院スタッフが介助すれば安定していても、家族が同じように支えられるとは限りません。

家族が服を引っ張る。
前から手を引く。
急かす。
麻痺側の腕を支えようとして肩を引く。

このような介助は、かえって危険になることがあります。

退院前には、家族が実際に介助を再現できるか確認する必要があります。

13. 杖歩行自立前に確認したい場面

杖歩行の自立判断では、直線歩行だけでなく、次の場面を確認します。

・ベッドから立ち上がった直後
・歩き始めの数歩
・方向転換
・トイレ入口
・トイレ内での方向転換
・下衣操作前後の立位
・病室内の狭い場所
・廊下で人とすれ違う場面
・装具を履いた時と履いていない時
・疲労時
・会話しながら歩く場面
・ナースコールや物音で注意が逸れた場面
・夜間を想定した照明条件
・杖の置き忘れ
・転倒時に助けを呼べるか

この中で一つでも大きく崩れる場面があれば、「病棟内自立」ではなく、条件付き自立、見守り、時間帯限定、自室内限定などの設定を検討します。

歩行自立は、できるかできないかではなく、どの条件なら安全かを明確にすることです。

14. 病棟内歩行自立をどう判断するか

病棟内歩行自立を出す時には、以下を分けて考えます。

判断項目確認する内容
距離病室からトイレ、食堂、リハ室まで歩けるか
時間帯日中だけか、夜間も可能か
場所廊下、自室、トイレ、食堂で条件が変わらないか
装具装具装着を自分で守れるか
安全な靴を履けているか
置き忘れがないか、杖先位置が安定しているか
方向転換トイレ前、ベッド横、狭い場所で安定しているか
疲労午後や訓練後に崩れないか
認知注意障害、無視、危険認識低下がないか
緊急時ふらついた時に助けを呼べるか

病棟内自立には、段階づけが必要です。

・リハビリ室内のみ自立
・病棟廊下は見守り
・自室内のみ自立
・日中トイレのみ自立
・夜間は見守り
・装具装着時のみ自立
・家族付き添い時のみ屋外歩行可

このように条件を具体化することで、事故を防ぎやすくなります。

15. 屋外歩行と二重課題の評価

屋外歩行では、病院内とは条件が大きく変わります。

屋外では、以下を評価します。

・坂道
・段差
・縁石
・不整地
・砂利道
・信号
・人混み
・自転車や車
・雨天
・暗い時間帯
・荷物
・会話しながら歩く
・周囲へ注意を向ける

特に重要なのが、二重課題です。

歩きながら話す。
信号を見る。
車を確認する。
荷物を持つ。
周囲の人を避ける。
行き先を考えながら歩く。

これらはすべて二重課題に近い状況です。

病院内では安定していても、二重課題で麻痺側足部のクリアランスが落ちる患者は少なくありません。

屋外歩行を評価する時は、距離だけで判断しない方がよいです。

どの環境なら歩けるか。
どの環境では見守りが必要か。
どの環境は避けるべきか。

ここまで整理して退院指導へつなげます。

16. 自宅退院前に確認すべき環境

退院前には、病院内歩行だけでなく、自宅環境を確認します。

可能であれば退院前訪問が望ましいですが、難しい場合は家族に写真や動画を撮ってもらうだけでも有用です。

確認したい場所は以下です。

・寝室からトイレまでの動線
・ベッド周囲
・トイレ入口
・トイレ内の方向転換スペース
・玄関の上がり框
・敷居
・廊下幅
・手すりの位置
・浴室前
・キッチン周囲
・夜間の照明
・床のマット
・電気コード
・杖を置く場所
・装具や靴を履く場所

特に重要なのは、寝室からトイレまでの動線です。

退院後の転倒は、日中の整った環境よりも、夜間、寝起き、急ぎ、暗さ、トイレ動作が重なった場面で起こりやすくなります。

退院前に「家でどこを歩くのか」を具体的に聞くことが、杖歩行指導の質を大きく変えます。

17. 家族指導で本当に伝えるべきこと

家族指導では、「麻痺側の後ろに立ってください」だけでは不十分です。

家族には、次のように伝える必要があります。

・どの場面で見守るのか
・どの場面は手を出さず待つのか
・どの場面では介助するのか
・服を引っ張ってはいけない理由
・麻痺側上肢を引っ張ってはいけない理由
・急がせる声かけが危険になること
・夜間トイレでは条件を変えること
・退院直後と慣れてきた時期で支援量を見直すこと

家族がやりがちな介助として、前から手を引く、服を引っ張る、麻痺側の腕を持つ、急いで歩かせる、というものがあります。

これらは、かえってバランスを崩したり、肩痛につながったりする可能性があります。

家族には、本人を持ち上げるのではなく、崩れそうな場面を早めに見つける役割を説明します。

具体的な説明例としては、以下のように伝えます。

「普段は少し後ろから見守ってください。危ない時だけ支えます。服や腕を引っ張ると、かえって体が崩れたり肩を痛めたりすることがあります」

「夜のトイレだけは、昼間と条件が違います。寝起きでふらつきやすいので、最初は見守りを残しましょう」

「歩けるように見えても、方向転換とズボン操作の時が危ないです。そこだけは急がせず、近くで見守ってください」

このような説明は、家族が実際に行動しやすくなります。

18. 所見別の介入方針

所見考えられる問題介入方針
杖を遠くにつく恐怖心、体幹前傾、歩幅過大杖先位置の練習、歩幅調整、視覚的目印
健側ステップが大きい麻痺側荷重回避、急ぎ歩き小さめの歩幅、麻痺側立脚練習
麻痺側足部が引っかかる下垂足、疲労、注意低下AFO、靴、足部クリアランス練習
膝折れがある麻痺側支持性低下装具、荷重練習、歩行器検討
反張膝が強い膝制御低下、足関節制限AFO調整、荷重応答練習、医師・義肢装具士連携
方向転換で崩れる足の交差、体幹回旋先行小刻み方向転換、トイレ前練習
夜間だけ危ない暗さ、眠気、急ぎ、装具未装着足元灯、ポータブルトイレ、夜間見守り
四点杖が邪魔になる狭い環境、操作困難T字杖、歩行器、手すり環境の再検討
半側空間無視あり麻痺側下肢・障害物の見落とし環境配置、声かけ統一、見守り継続
家族介助で崩れる介助方法不適切家族実技指導、立ち位置と支え方の確認

19. 臨床記録例

記録例1:病棟内直線歩行は安定しているが、方向転換に課題があるケース

右片麻痺。左手T字杖使用。病棟廊下では3動作歩行にて30m見守りレベル。直線歩行中の杖先位置は概ね安定しているが、トイレ入口での方向転換時に右足部が遅れ、足部接地位置が不安定となる。体幹回旋が先行し、足部が交差しやすい。病棟内歩行自立は時期尚早。今後はトイレ前での小刻み方向転換、杖先位置の再学習、下衣操作前後の立位安定性を確認する。

記録例2:四点杖で安定するが、自宅環境では再検討が必要なケース

左片麻痺。右手四点杖使用。リハビリ室内では安定感あり、歩行時の不安訴えは軽減している。一方で、杖の置き直しに時間を要し、狭い場所では杖先が周囲に接触しやすい。自宅廊下幅が狭く、トイレ入口での方向転換スペースも限られるため、四点杖使用が生活環境に適合するか再評価が必要。家族撮影動画にて自宅動線を確認予定。

記録例3:日中は安定しているが夜間トイレにリスクがあるケース

右片麻痺。左手T字杖、短下肢装具使用。日中は病室からトイレまで見守りで移動可能。疲労時に右足部クリアランス低下あり。夜間は装具未装着で移動しようとする可能性があり、寝起き直後のふらつきも認める。現時点では日中トイレ移動のみ条件付き自立を検討し、夜間は見守り継続。足元灯、杖の置き場所、ナースコール使用を再指導する。

記録例4:歩行能力より高次脳機能が自立判断を制限するケース

左片麻痺。右手T字杖使用。10m歩行は見守りで可能だが、左半側空間無視により左足部の接地位置と周囲障害物の確認が不十分。廊下歩行中、人とのすれ違いで左側へ注意が向かず、杖先位置も不安定となる。運動機能上は杖歩行可能だが、病棟内自立は危険。環境調整、声かけ統一、左側注意喚起、トイレ動作場面での安全確認を継続する。

20. 患者・家族への説明例

杖歩行と安全性を説明する場合

「杖で歩けることと、家で安全に歩けることは少し違います。病院の廊下は歩きやすい環境なので、退院前にはトイレ、玄関、夜間の動きまで確認しましょう」

杖の使い分けを説明する場合

「家の中では安定しやすい杖、外では歩きやすい杖というように、環境によって使い分けることもあります。ただし、道具が変わると歩き方も変わるので、一緒に練習してから決めましょう」

夜間トイレのリスクを説明する場合

「昼間は歩けていても、夜は寝起きでふらつきやすく、暗さもあります。退院直後は夜間だけ見守りを残す方が安全です」

家族介助を説明する場合

「支える時は、前から引っ張るのではなく、麻痺側の少し後ろから見守ることが多いです。服や腕を引っ張るとバランスが崩れたり、肩を痛めたりすることがあります」

21. まとめ

片麻痺者の杖歩行では、杖を持つ手、杖の高さ、歩く順番、階段での足の出し方を理解することが基本です。

しかし、専門職が見るべきなのは、それだけではありません。

杖歩行の臨床判断では、次の視点が重要です。

・杖は移動を助ける補助具であり、歩行障害そのものを治す道具ではない
・杖歩行の適応は、杖を持てるかではなく、安全な移動が成立するかで判断する
・杖は原則として健側で持つが、健側上肢痛、認知機能、失行、無視などで例外がある
・杖の高さは、手首のしわだけでなく、実際の歩行姿勢を見て調整する
・四点杖は安定するが、重さや操作性、生活環境との相性を確認する
・3動作と2動作は能力と環境で使い分ける
・杖だけでなく、AFO、FES、靴、手すり、歩行器との組み合わせで考える
・直線歩行だけでなく、方向転換、トイレ、夜間、段差、屋外を評価する
・病棟内自立は、距離、時間帯、装具、靴、認知、疲労、トイレ動作を含めて判断する
・家族指導では、立ち位置だけでなく、どこで待ち、どこで支えるかまで伝える

杖歩行自立を出す前に、直線歩行だけでなく、トイレ、方向転換、夜間、装具、家族介助、自宅環境まで確認する。

ここまで行って初めて、杖歩行は生活に使える移動手段になります。

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